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SNSの攻撃、女性は受けやすい? 同じ発信なのに…研究者の疑問
今年5月、ある女性研究者が、ツイッターアカウントのプロフィール画像を、自分の写真からぬいぐるみの写真に変えて、フォロワー以外からは投稿を見られない「鍵付き」の状態にしました。理由は、「批判や意見論評を超えた誹謗中傷が相次いだ」からです。
ツイッターを使っていると、女性やマイノリティーには使いにくいなと思うことがあります。SNSの中傷と、女性であることに関係はあるのか。取材しました。
その研究者は、ロシアによるウクライナ侵攻を巡って連日のようにテレビに出演してきた筑波大・東野篤子教授(現在、ツイッターアカウントは誰でも見られる状態になっています)。
出演後、ツイッターには、東野さんの容姿を揶揄するような内容や臆測に基づく中傷が、直接的・間接的な形で相次いでいたのです。
知人に相談すると「女性であるとすぐに分からないようにした方が良い」とアドバイスを受け、まず画像を変えたといいます。
こうした中傷の投稿を「見なければいい」と〝助言された〟こともあったそうです。
しかし「番組での自分の発言が分かりやすかったのか」「何か足りないことはなかったか」といった話の内容を確認するために、出演後には自分の名前を検索することもありました。
そこで目に入る中傷……。精神的に疲れ、朝起き上がれなかったり、何もやる気が出なかったりすることが続いたといいます。
ギリギリの精神状態で過ごす日々。1日に何十回も「テレビ出演もツイッターでの発信も全てやめて、自分の研究だけに集中すれば楽だろう」と感じたといいます。
それでも、大学は新学期が始まったばかりで教員も忙しい時期。自分が出演を辞退することで、同じくテレビで解説している他の大学教員に迷惑をかけるのでは、と踏み切れませんでした。
そしてなにより、「ウクライナ侵攻のことが、世の中から忘れられないようにしたい」という思いがあり、歯を食いしばって出続けました。
ただ、東野さんにはずっと「なぜだろう」と感じていたことがありました。
夫である慶応大・鶴岡路人准教授も、国際政治の研究者です。
ふたりは同時期に頻繁にテレビ出演していましたが、同様にツイッターで発信している鶴岡教授にはほとんど中傷被害はなかったといいます。
「私たちの話す内容は、そんなに違わなかったはずです。結局、本質的な部分ではなく、女性という属性や外見で判断されているのですよね」
東野さんはそんな風に感じたといいます。
実際に、女性はSNSで被害を受けやすいのでしょうか。
オンライン・ハラスメント(インターネット上における中傷や嫌がらせ)を研究している筑波大の礪波(となみ)亜希准教授は「女性であることは、オンライン・ハラスメントを受ける要因のひとつになり得る」と話します。
2021年7月に発表された国連の「ジェンダー正義と意見・表現の自由の推進に関する報告書」では、女性に対して行われるオンライン・ハラスメントが取り上げられています。
報告書では「(女性たちが)発言に対し、不釣り合いなコストをかけている」と指摘。
「特に、フェミニズムについて発言したり、人種や民族的にマイノリティーの出身だったりする女性政治家は、男性政治家よりもはるかに高いレベルで偽情報の標的にされている」との言及もありました。
礪波さんによると、インターネット上で攻撃を受けたことのある欧米女性52人を対象にした海外の研究から、オンライン・ハラスメントを受けやすいポイントが分かってきたそうです。
そして、この三つの要素が重なれば重なるほど、ハラスメントの標的になりやすいそうです。
欧州の女性議員を対象にした調査では、約6割がSNS上でオンライン・ハラスメントを受けたことがあると回答しています。
特に、比較的若い議員や、野党党員であるといった「議会でマイノリティーである」ということがハラスメントに遭うリスクを高めるという結果になったそうです。
どうすれば被害は防げるのでしょうか。
礪波さんは嫌がらせや中傷を受けやすい、女性の地方議員の支援にも取り組んでいます。
基本的な対応はブロックになりますが、プロフィールに「複数人でアカウントを運営している」ことを明記すると、被害が減ったこともあったといいます。
また、嫌がらせをしてきた相手と1対1でコミュニケーションしたり、リツイートや引用リツイートなどで反応したりすると、相手の「満足感」につながることもあり、注意が必要だと指摘します。
「残念ですが、現状では『女性である』というだけで被害を受けやすいんです。まずは、総務省も求めているように、プラットフォーム企業はコンテンツモデレーション(不適切な投稿を監視する業務)にどれだけのお金と人員をかけているかの情報公開義務をきっちり果たすべきだと思います」と話しました。
SNS上での誹謗中傷を巡っては、被害を防ぐために、この夏から侮辱罪が厳罰化されました。
また、法務省の要請を受けた米ツイッター社なども日本国内で外国法人登記を完了させています。これにより中傷者を特定する手続きが国内で完結し、相手に謝罪や損害賠償を求める「被害回復」の手続きの負担が、時間的にも金銭的にも減ることになります。
さらに、今月には匿名投稿者の氏名や住所を特定しやすくする「プロバイダー責任制限法」の改正法が施行されました。
東野教授も近々、一部の誹謗中傷を対象に法的措置を念頭に弁護士と相談すると話しています。
例えば、この投稿者が男性だったとしたら、こんなに中傷されたのだろうか。女性が相手だから、攻撃の心理的ハードルが下がっているのではないか――。SNSを使っていると、そう思う瞬間がよくあります。
中傷被害の受けやすさと女性であることに関係はあるのか。たどり着いた答えは「関係ある」。そればかりか、女性への中傷被害は世界共通の問題でした。
今回、取材に応じてくださった東野教授は、被害について「精神がえぐられる。崖っぷちに立たされている」と表現されていました。
何に対してもやる気が出なかったり、眠れなかったりといった症状が現れたことに、「まさか自分がこんなことになるとは」とも。仕事や日常生活にまで影響を及ぼす被害の大きさを、切に感じました。
絶えることのないSNS上での誹謗中傷。一方で、いまやSNSが大きな情報源になっていることも確かです。仕事やプライベートで、手放せない存在になっている人も多いのではないでしょうか。「やめればいい」「見なければいい」で片付く問題ではありません。
だからこそ、それぞれ対策を打ち出しているプラットフォーム企業も、どのくらい予算や人員をかけてどのような効果が出ているのか、もっと透明化していくことがまずは重要だと思います。
また、私たちユーザーが誹謗中傷を見かけたときには、投稿での指摘や、プラットフォームへ「報告」もできます。一人ひとりが「誹謗中傷はダメ」という態度を示していくことも大切ではないかと思います。
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