連載
#1 アップリンクのいない渋谷
アップリンク渋谷の閉館、ライバル館は…電話で「いつまで続ける?」
苦境を「横のつながりで守る」その矢先
コロナ禍で映画館の閉館が相次ぐなか、ミニシアターの聖地である渋谷でも、「アップリンク渋谷」が閉館します。記者が片田舎の中高生時代から、電車に乗って通っていたミニシアターのうちの一つ。寂しさを抱えて、ライバル館の支配人たちをたずねました。(朝日新聞記者・田渕紫織)
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コロナ禍で映画館の閉館が相次ぐなか、閉館が決まった日本の代表的なミニシアター「アップリンク渋谷」。寂しさを抱えて、ライバル館の支配人や「ミニシアター育ち」という映画監督らを訪ねた。【記事はこちら】
アップリンク渋谷の閉館を知ったのは、仕事中でした。アップリンクがツイッター上でトレンド入りしているのを見つけ、リンクに飛ぶと、出てきたのは「閉館のお知らせ」。固まってしまいました。
道玄坂にあった「シネセゾン渋谷」は10年前に。スペイン坂にあった「シネマライズ」は5年前に。学生時代からの思い出の映画館が次々に消え、ついにアップリンクまで……。
いてもたってもいられず、まずはアップリンクにほど近い老舗ミニシアター「ユーロスペース」の支配人・北條誠人さんに聞きました。
――お互い渋谷で長く、配給会社としてもやってこられたと思いますが、閉館を聞いていかがでしたか。
以前から「閉まるらしいよ」という噂は聞いていましたが、本当にそうなってしまったのは、ただただ、残念です。
――アップリンクの、他の館と違う特別なところってなんでしょうか。
アングラから始まって、今もそれがあふれ出している。以前よりカラーは薄まっちゃいましたけど、それに尽きますね。
――閉館による打撃は?
アップリンクに関してはパワハラ問題(※)が大きかったうえ、コロナ禍では、自分の映画館をとにかく潰さずに続けることで頭がいっぱいで、まだよくわからない。日常的な上映が取り戻されたとき、じわっと来るんじゃないでしょうか。
ただ今回、3度目の緊急事態宣言が発令されて、いよいよ限界が近づいてきています。
ミニシアターどうしで「いつまで営業を続ける?」と連絡を取り合ってきたのですが……。
自分たちの映画館を横のつながりで守っていくことを考え始めた矢先だったので、その意味では寂しいものです。
渋谷や東京にとどまらず、全国の映画館への影響もあるだろう――。記者が大阪勤務時代に通っていた老舗ミニシアター「シネ・ヌーヴォ」の山崎紀子支配人にも電話しました。
――閉館を大阪で聞いて、どう感じましたか?
「今このタイミングかぁー」という気持ちです。うちも閉館の可能性あるんですよ。この1年は谷ばかり。
1回目の緊急事態宣言の時は休館しましたけど、今回(3回目)は「営業しないともう来月にはうち潰れるな」というところまで来たので、悩みながらやってます。それでも今年はずっと赤字で息絶え絶え。閉めている劇場が多い中で本当に言いづらいのですが……。
――同業として、アップリンクってどんなイメージでしょう?
ずっと最先端を行くイメージ。ネットで配信したり、ワークショップとかイベントをやったり、もう可能性の最先端。なおかつ最先端の映画を配給もしていて。うちでも上映させてもらっています。
パワハラの問題(※)があってから、もう憧れはなくなってしまったけれど、あのアップリンクが閉館したら心が折れてしまうという館もあると思います。
――連鎖はしてほしくないですが……。
したくないですよね。ただ、ミニシアターは、ほんまもう限界。この時期なのでお客さんに「来て」とも言えないし、大阪の場合は休業補償金もゼロです。うちも全くひとごとじゃありません。
今行かなければ――取材を終えて
「香典のつもりか」。冒頭のユーロスペースの北條支配人は、今回の緊急事態宣言を受けた行政の休業協力金の2万円という額について、朝日新聞の取材にこう語りました。
この発言が、今の映画業界でとても拡散されており、他の館の支配人たちからも怒りをもって共感する声を聞きます。
シネ・ヌーヴォの山崎支配人が「うちもひとごとではない」と最後に繰り返していたのが胸に刺さりました。
ふさわしい補償を行政に求めると同時に、自分にとって潰れたら困る映画館は今行かなければならないと強く思った取材でした。
アップリンクとは
1987年、映画の配給会社として設立。
1995年、渋谷・神南にイベントスペース「アップリンクファクトリー」を開設し、映画も上映。2004年、宇田川町に「日本一小さな映画館」と銘打って「アップリンクX」を開設。CNNで取り上げられる。2006年、二つを統合した映画館「アップリンク渋谷」を開く。
2018年にアップリンク吉祥寺、2020年にアップリンク京都を開設。
2020年、元従業員の男女5人が、在職中に代表の浅井隆代表からパワーハラスメントを受けたなどとして、浅井代表とアップリンクを相手どり、損害賠償請求を求める訴訟を東京地裁に起こし、同年、和解した。(※)
アップリンク渋谷は、映画設備の老朽化などを理由として、2021年5月20日に閉館。
コロナ禍による観客の激減も重なった。
配給した映画は、黒沢清監督の「アカルイミライ」やグザヴィエ・ドラン監督の「わたしはロランス」、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エンドレス・ポエトリー」など、国内外で多数。
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