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亡き祖父のたんすからハーモニカ音!「とんでもない珍品」の正体は?
次々に集まる思い出「私の家にも…」
祖父の古いたんすから、美しい音色が聞こえてきた――。そんな動画がツイッターで話題です。投稿者やたんす職人に話を聞きました。
古いタンスを開け閉めする動画とともに、こんな文章が添えられています。
動画では、引き出しを開け閉めするたびに「ファーンファーン」と軽快な音が響きます。引き出しの開け方によって音程も変わっているようです。引き出しを抜いてのぞくと、たんすの奥にきらりと光るハーモニカのようなものが見えます。
亡くなった祖父の部屋を片付けていると、古いタンスになぜかハーモニカらしきものが仕込まれていることが判明。開閉すると無駄に陽気な音が鳴る。これは手作りなのか、あるいはとんでもない珍品なのか、どうか。 pic.twitter.com/WJacCTe3Pm
— 新宅睦仁 SHINTAKU Tomoni (@tomonishintaku) May 15, 2021
投稿した新宅さんに話を伺いました。
新宅さんが、たんすの異音に気づいたのは、偶然でした。
たんすは、14年前に亡くなった祖父の部屋にありました。
大きな桐だんすで、裁縫が好きだった祖母の着物などを収めていたものでした。
亡くなって以降、家族は祖父の部屋をなかなか片付けられませんでした。
新宅さんが祖父の部屋をアトリエに使うことになり、少しずつ片付けを進め始めた矢先でした。新宅さんが仕事をしている間、横でパートナーの女性が片付けを手伝っていた時、あの音が響いたそうです。
「ファーン」
音色は間違いなくハーモニカでした。「ハーモニカ吹いている場合じゃないだろ」と新宅さんがつっこんだところ、彼女は「いや、吹いてない」。
見ると、引き出しの開け閉めに合わせて、「ファーン」と鳴ります。
「本当に引き出しが鳴っている」
驚いた新宅さんが、引き出しを抜いてたんすの奥をのぞくと、ハーモニカらしきものがついていました。
「さては、あのじいさん、冗談でつけたな」
新宅さんの頭には、祖父・清登(きよと)さんの顔が思い浮かびました。
山口県岩国市出身で、同郷の祖母と結婚した祖父。晩年も新聞配達をして働き、88歳で亡くなりました。
焼酎が大好きで、いつもどこか、ほろ酔いで、陽気な人でした。
ずっと同居しながら見てきた祖父なら、やりかねないような「冗談」だと思いました。
家族にたんすのことを聞いてみましたが、だれもハーモニカのことは知りませんでした。
分かったのは、祖父が広島市内の家に越してきた50年前からすでにあったものだろうということ。
処分する予定のたんすでしたが、「これ、バズりそうだな」とツイッターに投稿してみたところ、10万以上の「いいね」が付き、動画の再生数も170万回を超えました。
家族にとっては、「どうでもいい」存在だったたんすへの予想外の反響。
「じいさんなら、興奮して、鼻血を出すでしょうね」
新宅さんは「(本業である)クリエイティブなことでバズってほしいのですが……。何が良いのか、世の中分からないですね」とむなしさも感じつつ、たんすの処分は一時的に見送りました。
「欲しいと言う方で、広島市内へ取りに来てくれる方がいたら、差し上げたい」と新宅さん。
「だれかにとっては価値のあるものなら、使ってもらえたらうれしい」
寄せられた反響を見ると、「先月亡くなったひいばあちゃんのたんすがコレでした」「私の家にもあります」など複数のリプライがありました。
中には「昔の防犯アラームですね」「母は『泥棒よけのハモニカ簞笥』と言っていた」などの情報もありました。
「音が聞こえたら、母が引き出しの開け閉めをしているなと思った」
「着物を入れた引き出しの音。音が聞こえると、祖母が出かけるんだなと分かった」
たんすの音色とともによみがえった、家族の思い出をつづる人もいました。
調べたところ、このたんすは「ハーモニカ簞笥」というもので、実際に製造販売されていたものでした。実物を常設展示している博物館が和歌山県内にありました。
「紀伊風土記の丘」の学芸員、蘇理剛志さんによると、館内では、明治時代から昭和初期にかけて、和歌山市内で作られた2台のハーモニカだんすが展示されています。
嫁入り道具として長年使っていたものを、寄付されました。貴重なものなので、来館者は自由に触ることはできませんが、学芸員に依頼すれば、音を聞くことができるそうです。
ハーモニカだんすについての資料はあまり多くなく、どこが発祥なのかは分かっていませんが、当時は「嫁入り道具」として流行り、「紀州簞笥」が有名な和歌山や、大阪など、関西を中心に多く作られていたようです。
でも、時代とともにその存在は「珍しい」ものになりました。数年前には珍品を扱うテレビ番組にも取り上げられたようです。
なぜ音がなるのか。
密閉性の高いたんすを開け閉めすることで、空気が出入りし、たんすに仕込んだハーモニカが音を出します。防犯の効果があったと指摘します。
「昔は玄関に鍵をかけない家もありました。音で合図をしたりすることで、防犯の効果もあったようです」
音を聞くことができるハーモニカだんすは、ただ「珍しい」だけではなく、当時の暮らしや、暮らしていた人のことを、五感で知ることができる貴重な民俗資料として残しているそうです。
「いろいろな音があふれている現代と比べて、昔は静かな中で暮らしていたので、防犯にもなったのでしょう」
「昔の人はかわいらしいことしていたんだな。その、おおらかな暮らしぶりを感じるたんすです」
代表の大石典幸さんは、生活様式の変化などで少なくなっていく「桐たんす」に魅せられて、現代の生活に合わせ、さらに使い続けられるように「再生」をほどこす職人です。
「ハーモニカだんす」は、依頼されるたんすの中でも、多いわけではありません。依頼が来ると、いつもと違う気持ちになるそうです。
「ハーモニカだんすは、密閉性が高いほど、良い音がなるんです。いつもたんすの再生は『密閉性を取り戻すんだ』って思ってやるんですけど、ハーモニカだんすの依頼が来ると『良い音鳴らすんだ』って思います。音色には、良いたんすを作った職人たちの自信を感じます」
少しの隙間でも、良い音は鳴らなくなります。
反対に、きっちりと隙間をなくすと、誰かが奏でているような音が響くそうです。
響く音色は、優しく懐かしい「昭和の音」。楽器としても、多くの人の心を癒やしたハーモニカの音です。
「防犯」だけのためなら、この音でなくても、良かったはず。
でも職人たちは、密閉性を生かした上で、使う人が引き出すのが楽しくなるような音色を選びました。
「職人の遊び心も感じます」
「婚礼簞笥」と呼ばれ、広く重宝されたたんすたちが、最近では徐々になくなっていっています。
数十年使われた古いたんすは、お金に換算すれば価値がないものになっているかもしれません。
それでも、家族の思い出や、使っていた人たちのぬくもりを感じ、再生を依頼する人は後を絶たないそうです。
大石さんは、大きなたんすを3つに分けて、使いやすい低い家具にしたり、金具を取り換えたりして、今の生活にあった「再生」をほどこしています。
「婚礼家具として、『家族の始まり』を見てきたたんすが、また新しい世代の暮らしにつながっていけばうれしいです。バズったこのハーモニカだんすも、ぜひ、新たな価値を見いだしてもらい、大切に使ってもらえるといいなと願っています」
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