連載
#15 SDGs最初の一歩
「日本一の缶詰売り場」で食べ比べをしたら…缶詰の世界がすごかった
サバチョコ、蜂の子、たくあん、焼き芋……
コロナ禍で外食する機会が減る中、自宅で簡単に食べられる「缶詰」の人気が高まっています。でも缶詰ってサバやツナばかりでどれも似た味なんじゃない? すぐ飽きるのでは? 実は日本の缶詰って、世界一豊富とも言われるんです。自炊をほとんどしない記者が、夕飯代わりに色々な缶詰を食べ比べてみて、その可能性と魅力に迫りました。
突然ですが、みなさんは缶詰と聞いて、どんなイメージが浮かびますか?
私がぱっと思い浮かぶのは、学生時代に留学していたカザフスタンで、外食が面倒なときによくスーパーで買って食べていたニシンの缶詰です。内陸国のカザフスタンでは肉料理を食べる機会が多く、たまに無性に魚を食べたくなりました。
当時一緒にいた友人に聞いてみると、ラトビア産の缶詰だったとか。ニシンと言えば、主にスウェーデンで生産される缶詰「シュールストレミング」が世界で最もくさいと言われて有名ですが、私が食べたのはシンプルな油漬け。コンロで温めてブラックペッパーを振り、パンと一緒においしくいただきました。
そんな私にとっての缶詰は「安くて気軽、魚が多い」といったイメージです。
ただ最近の日本の缶詰は、種類が多いのはもちろんのこと、安いモノから高いモノまで選択肢が広がり、味も格段においしくなっているそう。
そこでやってきたのは、JR秋葉原駅の高架下にある「日本百貨店しょくひんかん」。
全国から集めたえりすぐりの総菜や酒、調味料などの食品が販売されています。この一角に、自称「日本一の缶詰売り場」があります。その名も「カンダフル」(缶詰+ワンダフルだそうです)。
牛タンのデミグラスソース煮込みに鯨肉のカレー、イナゴに蜂の子、たくあんに焼き芋……。
売り場に並べられた個性豊かな缶詰を見て、「こんなものまで!」と驚きました。1缶で2千円以上する高額な缶詰まであります。
定番のサバ缶だけみても、水煮やしょうゆ煮からアクアパッツァ、チョコレート、パクチー風味まで、味のバラエティーが豊富です。
撮影のため、気になった15缶を購入。計1万1025円(税込み)と思ったより高額になりました。1缶あたり平均735円です。これだけで会社近くの築地場外市場でランチが食べられる金額ですが、それだけ中身への期待も高まります。
まず気になったのはこちら。定番のサバ缶にチョコレートを組み合わせた一品ですが、果たしてそのお味は?
缶詰を開けると、サバの切り身がチョコレートソースにつかっています。サバ缶とは思えない甘い香り。ただ、スイカに塩が合うように、甘さとしょっぱさは互いをひきたてる関係のはずです。口に入れてみます。
チョコレートは少しビターな味わいで、香りほど味は甘くありません。しょうゆやみりんも入っており、サバの味をしっかり感じます。チョコがサバの塩辛さを引き立てていて、ご飯にも合いそうです。カレーの隠し味で入れても良さそう。色々な使い方ができそうです。
カンダフルで現在人気ナンバーワンの一品だそうです。確かに、いかにもおいしそうなネーミング。光が当たると商品名が輝く黒いパッケージからは、高級感すら感じます。
芳醇なデミグラスソースと柔らかく煮込まれた牛タン。口に入れると、ほろっと崩れてうまみが広がります。これはもはや一品料理。居酒屋でこのまま出てきても驚きません。
自宅では炊きたてのご飯と並べるだけで、その日の夕飯になりそうです。赤ワインにも合うのではないでしょうか。晩酌を少し豪華にする、ちょっとぜいたくな一品でした。
あまり見かけない焼き芋の缶詰です。一瞬スイートポテトかと思いましたが、入っているのは焼き芋そのものです。
原材料は国産サツマイモのみというシンプルさ。使用しているのはシルクスイートという品種で、濃厚な甘さとなめらかさが特徴だそうです。
箸でつかもうとしますが、あまりの柔らかさで二つに割れてしまいました。これはスプーンで食べても良いかもしれません。
一口食べると、優しい甘みが口いっぱいに広がります。イモをかむのに全く力はいらず、アイスクリームのようななめらかさ。これは小腹がすいたときの良いおやつになりそうです。
続いて信州の郷土食。初めて蜂の子を食べる私は、少々身構えながら缶を開けました。
これが蜂の子……。茶色いごはん粒のようなものがいっぱい詰まっています。ただ、ひとつひとつが小さいので思ったより「虫」感はありません。
箸ですくって一口。甘辛く柔らかいつくだ煮といった感じで、食べやすいです。味が濃いめで量があるため、複数人で少しずつ味わうか、ご飯に載せるのが良さそう。一度に大量に食べると、非常にのどが渇きます。虫だとあまり意識しませんでしたが、食べ終わった缶の底に羽らしきものを見つけ、これは蜂の子だったと再確認しました。
蜂の子にはたんぱく質が豊富に含まれ、栄養価が非常に高いとされます。見た目もそこまで強烈ではなく、昆虫食の中ではかなりハードルが低いでしょう。
ちなみに製造元である原田商店は、イナゴの甘露煮の缶詰も販売しているので、関心がある方はぜひ試してみてください。
今回カンダフルで購入した缶詰の中では、1944円(税込み)と一番高額な缶詰です。ちなみに先ほどの蜂の子は、2番目に高い1490円(同)でした。
ぬか炊きとは福岡県北九州市に伝わる郷土料理です。宇佐美商店ホームページによると、しょうゆ・砂糖・みりんなどの調味料と、百年にわたって受け継がれたぬか床を使用している、とのこと。期待が高まります。
中身は特に変わった見た目ではありませんが、一口食べてみると、甘辛くも少し酸っぱいような独特の香りが鼻を抜けていきます。かめばかむほど、缶詰と言って侮れない深みのある味わいが広がります。思わず日本酒が飲みたくなりました。
最初に紹介した「サバチョコレート風味」を製造している岩手缶詰の別の商品です。実は私、パクチーが苦手なのですが、好奇心に負けました。以前ベトナムを旅行したとき、真っ先に覚えたベトナム語は「パクチー抜いてください」でした。
缶の中には、パクチーと思われる緑色の汁にサバがつかっています。意外と香りは普通?と思いきや、顔を近づけてみると、しっかりとパクチーを感じます。ただニンニクやオリーブオイルが含まれているためか、パクチーが苦手でも食欲を誘う香りです。
一口食べると、ハーブのようなさわやかな風味が鼻を抜けます。これはレモン果汁が入っているからでしょうか。脂がのったサバによく合います。パスタなどに絡めてもおいしそうです。パクチー好きにぜひ食べてもらいたい一品です。
「缶詰は備蓄できるし、リサイクルも簡単でSDGs(持続可能な開発目標)にも取り組める。今の時流に合っているんです」
そう語るのは、カンダフルを発案した日本百貨店創業者の鈴木正晴さん(46)です。昨年4月の緊急事態宣言に伴う休業のあおりで経営が厳しくなる中、同年9月に店内に元々あった缶詰を1カ所に集めて、カンダフルとしてオープン。缶詰の売り上げは、初月で当初の3倍以上に急増したといいます。
鈴木さん自身も、情報発信に力を入れています。インスタグラムで毎朝違う缶詰の写真と食べた感想を投稿。なんと1千日続けることを目標にしているそうです。「色々な食べ方が楽しめる。缶詰には夢と希望が詰まっています」
今でこそ身近な存在ですが、毎日缶詰のことを考えているうちに、その歴史まで知りたくなってきました。
日本缶詰びん詰レトルト食品協会(東京都)によると、缶詰の始まりはフランス革命の時代にまでさかのぼります。
金属缶やガラス瓶に食物を入れて密封し、加熱殺菌して保存する缶詰の原理は、フランス人のニコラ・アペールが1804年に発案しました。
ナポレオン・ボナパルトの指揮の元、仏軍がヨーロッパ各国に戦線を広げていた当時のヨーロッパ。アペールが考案した長期間保存できる瓶詰は、仏軍の食料として活用され、兵士たちの士気高揚に貢献したといいます。
その後、英国でブリキ缶が発明され、同国で世界初の缶詰工場が誕生。米国で缶詰の製造が本格化し、61年に始まった南北戦争では軍用の食料として利用され、缶詰の生産量は急増しました。
一方の日本では、長崎で71年に松田雅典という人物がイワシの油漬け缶詰を作ったのが始まりとされます。77年には北海道で国内初の缶詰工場が誕生し、同年10月10日からサケの缶詰の製造がスタート。こうした経緯から、同協会はこの日を「缶詰の日」に制定しています。
缶詰を紹介する著作が多数あり、これまで世界50カ国1500種類以上の缶詰を食べてきたという「缶詰博士」の黒川勇人さん(54)は、「日本の缶詰は世界一豊富」と言います。国内の缶詰の数は正確には分かっていませんが、黒川さんは「800~1千種類はあるのでは」と推測します。
今回様々な缶詰に出会ったことで、どんな食品でも受け入れる缶詰の懐の深さに気付かされました。どの缶詰にも生産者の工夫が凝らされており、普段出会えない地方の味を楽しむこともできます。また、味は同じなのに形が小さめ、大きすぎるなどの理由で消費者に届かない食材を積極的に缶詰にする取り組みもあり、フードロス問題の対策にもなるそうです。
コロナ下の今、外食する代わりに、自宅でこれまで食べたことがなかった缶詰に挑戦してみるのも面白いかもしれません。
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