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コント師の時代がやってきた シソンヌの活躍、東京03の成功モデル
個人視聴率に動画…メディア 環境に対応
時に、20分を超える舞台で活躍するコント師の存在感が増している。世帯視聴率よりも個人視聴率が重要視されはじめ、お笑い好きが求めるコント番組が増加。芸人の世界観をいかんなく発揮できるYouTubeという場も活躍を後押しした。デビューの遅かったシソンヌ・じろうと長谷川忍は「年齢の壁」に悩みながらも、『有吉の壁』(日本テレビ系)でレギュラーの座を射止めるなど、着実に露出を増やしてきた。彼らの活躍の前にあったのは、東京03という成功モデルだ。メディア環境に対応しながら現在のポジションを築いたコント師たちの軌跡をたどる。(ライター・鈴木旭)
シソンヌの2人は、すでに東京NSC入学前から各々で活動していた。
じろうは関西の短大を卒業後、役者を目指して上京。4年ほどコント劇団で演者として活動している。長谷川は、一度は直で吉本興業に入り活動していたものの、ある日の舞台で相方が突然飛んでしまう。心機一転、新たな相方を探すためにNSCに入った。
ともに26歳。エド・はるみを除けば養成所の年長組だ。同じバイク通学だったこともあり、2人は意気投合する。2006年4月にコンビを結成すると、早い段階でコントが面白いと一目置かれる存在になった。しかし、そこに立ちはだかったのは年齢の壁だった。2020年8月23日に掲載された「ananweb」のインタビューの中で、2人は当時をこう振り返っている。
「最初のネタ見せ会の時には、もう手ごたえがありました。このままイケるかなぁって僕は思ったけど、甘かった。養成所を出てからは、劇場のオーディションに全然受からなかったんです」(長谷川)
「ウケてはいたんですけど、若手中心の劇場に出るメンバーになかなか入れなくて。『その年じゃあね』と言われて年齢を理由にハズされた時は、特にムカつきました。それを言ったスタッフの顔はいまだに覚えてます(笑)」(じろう)
有吉の壁、2時間SP始まります。
— シソンヌじろう (@sissonne_jiro) April 7, 2021
日テレです。#有吉の壁 pic.twitter.com/yFYR0prLM8
先輩芸人からも実力を認められながら、活躍できない時期が5年ほど続く。じろうは、同期であるチョコレートプラネットの単独ライブでネタを提供したりもしていた。単独ライブを行ったのは30歳を過ぎた頃だ。
2013年に映像や照明、衣装や大道具など細部にこだわった「シソンヌライブ」をスタート。同年、放送作家・演出家として知られる細川徹、東京03の単独ライブで脚本・演出を手掛けるオークラらと仕事をともにした影響もあり、演劇的な要素を含む“東京っぽいコント”の色合いを強くしていった。
そもそも、じろうはシティボーイズにあこがれて上京している。同じ小劇場系の文脈にある劇団・大人計画や東京03の演出家と知り合えた喜びはひとしおだったことだろう。この時期に“自分たちらしいコントの見せ方”をつかんだのかもしれない。
ターニングポイントは翌2014年に訪れた。まずは「キングオブコント2014」で優勝を果たし、実力派コント師として世間に知られるようになった。単独ライブも盛況し、ドラマや映画への出演オファーが増えるなど、徐々に活躍の場を広げていく。
そんな折、年末に放送された『LIFE!2014 年の瀬 紅白コラボSP』(NHK総合)のメンバーに抜擢される。コント番組を守り続けたウッチャンナンチャン・内村光良の目に留まり、後にじろうはレギュラー、長谷川は準レギュラーとして出演することになった。
現在、シソンヌは『有吉の壁』で活躍しているが、この番組の原点は『内村プロデュース』(テレビ朝日系)にある。低迷期の有吉弘行、ブレーク前のバナナマンは、ここでバラエティーのいろはを学んだはずだ。
時を経て、今度は有吉がシソンヌら中堅や若手を見守っている。そのフォーマットを生み出した点だけを見ても、内村がバラエティーや芸人に与えた影響は計り知れない。
2000年代からごく最近まで、コント番組は減少の一途をたどっていた。そんな中でシソンヌが目指したのは、コント師・東京03の成功モデルだったのではないかと思う。
トリオを結成した2003年当初から、東京03のコントは業界内で定評があった。毎年単独ライブを継続し、長尺のコントを披露。着実にファンを増やしていく。その流れで「キングオブコント2009」の王者となり、ライブの規模を拡大。もっともチケットが取れないトリオとして知られるようになった。
また、同じ事務所のアンタッチャブル、おぎやはぎ、ライブシーンの先輩であるバナナマンといった面々がバラエティーで活躍し始め、ゲストとして呼ばれる機会が増えた。そのことで、変に肩の力を入れることなくテレビでも活躍できたと言える。知名度は上がり、メンバーの角田晃広が『半沢直樹』(TBS系)に役者として起用されるなど、話題性の高いドラマにも出演するようになった。
一方で、2019年から芸能人のYouTubeチャンネルが盛り上がりを見せた。この影響もあり、すでに2017年に開設されていた「東京03 Official YouTube Channel」の人気にも拍車を掛け、いくつかのネタ動画は1000万回再生を越える驚異的な数字を叩き出している。
基本的に投稿されているのは単独ライブのネタ動画だ。更新頻度の高いYouTuberの定石に寄せる形ではなく、ネタそのものの価値が支持されたと言えるだろう。
シソンヌは、東京03が歩んだ軌跡をほぼ踏襲している。キングオブコント優勝後、単独ライブの規模を拡大し、長尺で質の高いコントをつくり続けた。その一方で、『今日から俺は!!』(日本テレビ系)といった注目度の高いドラマにも出演している。
また、東京NSCの同期であるチョコレートプラネットがブレークしたことで、パンサーとともに『アメトーーク!』(テレビ朝日系)、『アクター芸人が完全ナマ再現 激ヤバ!チョコプラ修羅場劇場』(読売テレビ・日本テレビ系)といったバラエティーに出演する機会も増えた。
2014年に開設したYouTubeチャンネル「シソンヌライブ」も、東京03と同じく基本的には単独ライブのネタ動画をアップしている。もっとも視聴されている動画は255万回再生。彼らの動画も、更新頻度ではなくネタそのものが支持されているのだ。
東京のコント師を代表するバナナマン・設楽統は、2016年10月に放送された自身のラジオ番組『バナナマンのバナナムーンGOLD』(TBSラジオ)の中で、「コント師は2度売れなきゃいけない」と語っている。役を演じるコントでの評価だけでなく、タレントとしても実力を発揮しなければブレークできないという考えだ。
実際にバナナマンは、長い時間を掛けてバラエティー番組の顔になっていった。東京03やシソンヌといった後輩のコント師たちは彼らの成功を踏まえつつ、メディアの多様化も意識しながら自分たちなりの方向性を固めていったのだろう。
深夜バラエティーの変化もシソンヌの活躍を後押しした。今年3月には、日本テレビで「真夜中のお笑いたち」と題して4つのお笑い特番を放送しており、その中の1つ「笑う心臓」(2夜連続のコント番組の『コントミチ』の第1夜)でシソンヌも顔を見せている。
また、4月からは実力派芸人にスポットを当てたネタ番組『お笑い実力刃』(テレビ朝日系)がスタート。シソンヌは2回目の放送で登場し、長尺ネタとショートネタを披露した。個性の強いキャラクターに入り込むじろうと自然体で演じる長谷川。2人の掛け合いはスタジオを沸かせ、司会のサンドウィッチマン・富澤たけしから「延々に見ていられますね」と絶賛されるなど高い評価を受けた。
5月5日には、コンビで『そのネタ、ネタにしていいですか?』(フジテレビ・関西テレビ系)、じろう単体で『LIFE!春』(NHK総合)と立て続けに出演するなど、ノリに乗っているシソンヌ。コント番組の増加によって、2人の需要も高まっている。
職人気質なじろうに対し、相方・長谷川は非常に柔軟だ。スニーカーやゲーム、そば巡りなど多趣味で知られ、トークバラエティーでも臨機応変に対応できる。最近では、ゲストコメンテーターとして出演することも珍しくなくなった。
2人の絶妙なコントラストによって、今後ますます支持されるに違いない。コント師・シソンヌのピークはこれからだ。