連載
#232 #withyou ~きみとともに~
「男なのに保育士なんて…」土下座で説得した進路「自分の園を開く」
「仕方なさから脱却できないのは甘えだと思います」
連載
#232 #withyou ~きみとともに~
「仕方なさから脱却できないのは甘えだと思います」
金澤 ひかり 朝日新聞記者
共同編集記者「男だから」という理由で、幼い頃から抱いていた保育士になるという夢が閉ざされそうになった男性がいます。親に土下座をしてまで頼み込んだ、保育系の短大に進学するまでのストーリーをイラストレーターのしろやぎ秋吾さんが描きました。男性の思いを改めて取材すると、ターニングポイントとなった教師との出会いがありました。
九州地方出身の山下瑞生(みずき)さん(21)は、自分自身が通っていた保育園の男性保育士にあこがれ、中学生ごろから保育の道を志しはじめました。
中学生のときの職場体験で選んだのも保育園。
数年ぶりに自分が育った保育園を訪れると、「子どもたちは存在してるというだけで、とんでもなくかわいかった。若い人が来たということで、子どもたちもはしゃいでいて、一緒に遊んだりしました」
男性保育士に対して「偏見はなかった」という山下さん。「職場体験を経て、明確に保育の道を目指そうという気持ちが芽生えました」
将来の夢は保育系の職に就くこと。そのための進学先を考え始めた高校1年生の頃、山下さんはまだ親にその気持ちを打ち明けていませんでした。
進路希望調査のタイミングで保育系を目指していることを父親に伝えると、「男が保育なんて、稼ぎも少ないし、差別もある」と反対されてしまいました。
「給料が低いことや、男性差別があることなど、父親が調べた情報などを印刷して見せてくれたこともありました」
何度も反対を受けているうちに、山下さん自身の気持ちにも揺らぎが出てきたといいます。
「いつもはなんでもオッケーしてくれるお父さんが、ここまで口を出してくることはこれまでなかなかなかったがゆえに、保育士を諦めてほしいという本気度が伝わってきてしまって…」
父親の思いに根負けしてしまい、それまでは進路希望に保育系の大学を書いていた山下さんでしたが、一度だけ、「経済学部」と書いて提出したといいます。
提出後、当時の担任と行った二者面談で、「どうしたん?」と尋ねられた山下さんは、事情を説明しました。
すると、山下さんと比較的年齢の近かったその先生は、自分自身の進路決定の経緯を話してくれたといいます。
「世界史の先生だったのですが、大学を選ぶときに『歴史を学びたい』と親に相談すると、『就職先がない』と、めちゃくちゃ反対されたそうなんです」
その先生は、それでも諦めず、親を説得して大学に進学。「自分は好きなことをやりながらでも仕事できている。人生一回しかないんだから、諦めたらいけん」
そう言って山下さんを励ましてくれたのです。
その言葉に勇気をもらった山下さん。「その場で進路を書き換えました」と、元通り、保育系の進学先を希望用紙に書き込みました。
「『若いうちに後悔したら一生後悔する』と話してくれた先生の言葉を聞いて、やっぱりそうだよなと思ったんです」
帰宅後、元々賛成寄りだった母親にはやっぱり保育系の進路を選ぶことを報告しました。当時単身赴任中だった父親にはLINEをしようと思いましたが、緊張して文字を打つことができず、直接会うことができた1週間後に報告したといいます。
「『そうか』と一言だけ返ってきて。そこからしばらく進路の話をしない時期が続きました」
そして3年生になり、とうとう家族と真正面から進路の話をしなければいけなくなりました。
夏ごろ、兄弟を含めた家族5人で食卓を囲んでいたときのこと。
父親がおもむろに「お前進路どうするん?」と聞いてきました。
そこでも気持ちが変わっていなかった山下さんは、保育の道を選びたいという希望をこれまで通り繰り返しました。
「1、2時間くらい話したと思います。最終的にはすでに大学生になっているお兄ちゃんも僕も泣いてて」
「本当に行きたいです」と泣きながら訴えたという山下さん。最後には「やりたいことがやれないのはいやです」と土下座までしました。
すると、それまで一貫して反対してきた父親も「そこまで言うならわかった」と、ようやく山下さんの思いを認めてくれました。
家族の賛同を得て、ようやくすがすがしい気持ちで進路希望を提出できましたが、今度は学校側からの偏見に悩まされます。
3年生になり、担任は1、2年生の時とは変わっていました。
男性の担任に希望を提出すると、「オレは保育系に男がいってもなあ…と思うよ」と難色を示されました。
「親からはなんて言われてる?」「差別、給料の問題もあるよ」と、最終的に進路希望の紙は受け取ってくれたものの、最後まで「がんばれよ」と言ってくれることはなかったといいます。
「多分そういう反応をされるとは思っていたので、気にはしませんでしたが、『がんばれ』くらいは言ってほしかった」と山下さんは振り返ります。
快い受け取り方はしてもらえなかったものの、山下さんは希望通り、保育系の短大を受験することができました。
その短大での試験内容には、小論文もあり、山下さんは男性の自分が保育士を目指す中で目の当たりにした偏見について、思いの丈をぶつけました。
「『進路を選ぶにあたって、偏見があったり、家族との話し合いがこじれたりした。でも、それをはねのけ、意に介さず、自分の目標を貫き通すためにがんばった』という内容のことを書いたと思います」
そして、小論文の最後はこう締めくくりました。
「将来は、自分の園を開きたいです」
すると、その後の面接で試験官は小論文を絶賛。
「君の小論文、読んだよ。僕が読んできた中で一番良かったし、心を打たれた。これからもがんばりなさい」
山下さんは「専門的知識を持っている人から、『一番良かった』と言われて、『ああ、よかったな』と。『この道を選んでよかったな』と思いました」。
看護師や保育士など、比率でいえばまだまだ男性が就くことが珍しい職業はあります。
そのことについて山下さんは、「職業を性別で決めつけられるのは反対です」ときっぱりと言います。
「保育士のように昔は女性の方が多かったとか、逆に大工さんのように男性の方が多かったとか、すでに出来上がった前例があるのは仕方ない。でも、その仕方なさから脱却できないのは甘えだと思います」
「よく、男性看護師や男性保育士などは『力仕事ができるから』という理由で職場で重宝されるということも聞きますが、その職業に就く理由はそれがすべてではありません。また、熱意やスキルがあるのに、男性だから・女性だからという理由でその職に就けないのはあり得ないと思う」
「保育の観点からみると、そういうのが児童期の『男らしさ』『女らしさ』の押しつけに関わってくると思います。僕自身が保育園に通っていたときの経験のように、保育園に男性の先生がいれば、男性保育士っておかしくないよねって思うこともできます」
自分の意志とは別に、親や教師の願いや思いから進路に対する考え方がすれ違ってしまう10代も少なくないと思います。
そんな10代に対して山下さんは、「本当にやりたいなら諦めるな」とエールを送ります。
「他人の意志で、自分の人生を区切らないでほしい」と訴えます。
「あくまで人生は、自分の人生。とはいえ、自分だけの人生ではないのも事実なので、しっかり周りを説得した上で、自分が間違っていないと思う道を選んでほしい」
いま、山下さんは短大での2年間のカリキュラムを終えた上で、さらに上級の資格をとるための専攻科に進んで学び続け、「自分の園を開く」という夢に向かって着実に歩みを進めています。
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