連載
#2 マスニッチの時代
戦争を自分ごと化させる魔法 「AIとカラー化写真」が生む対話
広島の焼け野原のカップルから始める〝物語〟
あらゆる情報をスマホ経由で受け取るようになると、一つの情報に接する時間は細切れになっていきます。時間をかけてコンテンツを読んでもらえない状況で、ユーザーに情報を「自分ごと化」してもらうためには、今までにない工夫が必要です。東京大学の渡邉英徳教授は、SNSなどで起きる議論によって完成をめざす「不完全な情報」をあえて発信することで、ネット空間に新たな「没入感」を作りだそうとしています。戦前から戦後にかけてのモノクロ写真とAI(人工知能)によるカラー化によって生まれる「対話」の可能性について考えます。(withnews編集部・奥山晶二郎)
いつでもどこでも持ち歩けるスマホは、情報との付き合い方を劇的に変えました。その便利さ故に、情報との接点はどんどんパソコンなどのデスクトップからスマホがメインのモバイルに移っています。
ウェブ解析などを専門にするコンサルティング会社「シミラーウェブ」が全世界のウェブ上の行動を調べたリポートによると、2019年のウェブ全体のトラフィックは2018年に比べて約8%伸びています。2017年に比べると、約19%の増加です。
中でも、スマホなどでアクセスするモバイルの上昇が大きく、モバイルのトラフィックは2017年に比べて約30%増えました。モバイルの上昇とは対照的にデスクトップは減少し、2017年に比べてデスクトップは約3%減っていました。
モバイルは、デスクトップに比べるとウェブサイトの滞在時間が短くなります。リポートによると、2019年、デスクトップのウェブサイト滞在時間が平均1009秒だったのに対し、モバイルの滞在時間が半分以下の平均432秒にとどまっています。
デスクトップからモバイルへの変化がもたらしたのが、滞在時間の減少でした。ウェブサイト全体で見ると、2017年は平均758秒だったのが、2018年は平均743秒、2019年は平均709秒となっています。
The 2020 State of Digital Report 📊 is out!
— SimilarWeb (@SimilarWeb) February 11, 2020
Download and dive into crucial insights about #DigitalTrends https://t.co/lVVCCwXvg1 pic.twitter.com/WONp2d2Gno
短い時間で情報を伝えようとすれば、ユーザーの関心をひく過激な見出しや写真に頼りがちになります。一方で、「釣り見出し」などの手法は、情報の信頼性を低くし、発信元の価値を傷つけます。政治や経済はもとより、歴史に関する情報では、より厳格な姿勢が求められます。
多くのメディアにとって、8月は「戦争」をテーマにした企画を考える時期です。8月6日、9日、15日に合わせて取材に時間をかけた大型企画が発信されます。最近ではネットでの展開をメインに考えるメディアも少なくありません。
各社が力を入れる「戦争企画」ですが、たくさんの人に読まれるテーマとは言えません。
なぜなら、ネットユーザーがスマホを通じて入手する情報のほとんどは自分に関係のあるものばかりだからです。
まずチェックするのは、LINEの「友だち」から届くメッセージや、知り合いのツイッターやインスタアカウントの投稿など。その後、マンガを読んだり、TikTokで動画を楽しんだり、ニュースをチェックしたりと、優先順位は自分に関係のないものほど後回しになっていきます。
そこにモバイル化による接触時間の短縮化が重なります。戦後75年がたち、戦争のことをスマホユーザーに「自分ごと化」してもらうのは至難の業だと言えます。無理に「自分ごと化」を演出しようとすれば、隣国に対する偏った情報で危機感をあおるような悪質な手段に手を染めることにもなりかねません。
新聞や雑誌などの紙媒体は、紙でしか表現できなかった長大なコンテンツをどうやってネットで再現するか、知恵を絞ってきました。
ニューヨーク・タイムズは2012年12月、雪崩事故をユーザーがテキストや動画、グラフィックなどを体験することで、1本の記事にくらべるとはるかに多い情報量を読んでもらえるページ「スノーフォール」を作りました。「スノーフォール」はアメリカの優れたジャーナリズムに贈られるピュリツァー賞を受賞。「没入感」を意味する「イマーシブ(没入)型コンテンツ」という新たな分野を生みだしました。
その後、ニューヨーク・タイムズはネットフリックスのドラマ「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」のプロモーション(広告)に、「イマーシブ型コンテンツ」の手法を応用するなど、様々な題材で展開をしました。
ネットのコンテンツとして新たな表現手段になった「イマーシブ型コンテンツ」ですが、当時はまだデスクトップが主流でした。
スマホは、デスクトップよりも表示画面が小さく、表現できる手法も限られます。様々なアプリを細切れに移動しながら短い時間でコンテンツを消費しているスマホユーザーが「イマーシブ型コンテンツ」に最後まで付き合ってもらうには、デスクトップ時代以上に知恵を絞らなければいけません。
2020年7月に東京大学の渡邉英徳教授と、広島市出身で東京大学1年の庭田杏珠さんが出した『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)では、戦前から戦時中、戦後にかけての白黒写真をカラー化した取り組み「記憶の解凍」がまとめられています。
特徴的なのは、冒頭で「まだまだ不完全です」と明記している点です。
「AIは、人肌、空、海、山など、自然物のカラー化が得意です。一方、衣服・乗り物など人工物は苦手で、不自然さが残ります」
あえて、「不完全」なことを明らかにしたのには理由があります。
「記憶の解凍」は、AIによるカラー化の後、自動で色づけされた結果に対して、戦争体験者からの聞き取りやSNSでのコメントを手がかりに手動で補正をして、初めて完成します。
渡邉教授はツイッターでカラー化画像を積極的に投稿しています。完成品ではなく、「対話」の余地を残した画像には、様々なコメントがつきます。「対話」によってカラー画像は完成品に近づいていきます。
75年前の今日。1945年7月30日,アーカンソー州マギーへのローワー・センター強制収容所から解放され,サクラメントに帰還した日系人たち。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。 pic.twitter.com/wgioMNGmh7
— 渡邉英徳 (@hwtnv) July 29, 2020
筆者自身、「対話」の価値を実感した写真があります。原爆投下から1年の広島市で焼け野原を見下ろすカップルが写る印象的な1枚です。
2019年3月、筆者は渡邉教授がツイッターに投稿したカップルの写真を紹介する記事を朝日新聞のコラム「ネット点描」に書きました。記事が掲載されると、渡邉教授の元に、共同通信で過去の写真のデータベース化に携わっていた沼田清さんから手紙が届きました。
手紙には、写真が共同通信が被爆1周年・終戦1周年に向けた企画取材の中で撮られたことが写真にまつわる詳細な情報と共につづられていました。
意図せず写真を使ってしまったことのおわびをかねて筆者が沼田さんにお話を聞いたところ、写真にある旅館の建物は今も残っていることを教えてもらいました。
もともとカメラマンだった沼田さん。カップルの写真調査では、現地で実際に現存する建物を自分の目で確認していました。
沼田さんは「いつどこで、誰が何を、どういう風に撮ったか。どういう形で(ニュースとして)流れたか。それらの説明がつくことによって、初めて、写真として存在できる」と話します。
2018年、沼田さんは、関東大震災で「陸軍被服廠跡」で撮影されたとされる写真について、当時の資料を入念に調べた結果、捏造(ねつぞう)であることを突き止め論文にまとめています。
絵はがきに使われたという捏造写真では、実際は皇居前広場に避難する人たちの写真の背景に、炎や煙が加えられ「本所陸軍被服廠避難の群集是が哀れ白骨の山と化すとは」と書かれていました。
「写真は説明次第で白が黒にもなってしまう」と話す沼田さん。渡邉教授らの「記憶の解凍」については「やりっぱなしではなく、他からの指摘があれば、それを調べて修正している」点を評価しているといいます。
「修正がないと間違いがまかりとおってしまう。そのため、論文や記事などで情報を発信していくことが大事」と強調します。
渡邉教授らの「記憶の解凍」には、一人の発信だけ、一つのメディア内だけで完結させない情報流通の新しさがあります。
一方的に「正しい情報」を伝えようとすれば、「対話」の余地はなくなります。放っておけば他人を攻撃する言葉が飛び交いやすいネット空間において、余白の少なさは、対立をあおるリスクになりかねません。
「記憶の解凍」は「対話」を前提にしています。その構造は、一緒によりよいものを作り上げるという共通の目的が共有されやすい仕組みになっていると言えます。
写真のカラー化は、「過去の歴史」だった写真の風景が、あたかも同じ時代の人であるかのような気持ちにさせてくれる効果を生みます。その結果、始まる「対話」が、75年前の出来事を「自分ごと化」させてくれます。
ニューヨーク・タイムズの「イマーシブ型コンテンツ」は、デスクトップ時代における一つの発明だったと言えます。一方で、渡邉教授らの取り組みからは、モバイル時代の「イマーシブ型コンテンツ」の姿が見えてきます。
渡邉教授がツイッターに投稿する画像には、新聞をはじめ多くのメディアの「戦争企画」よりも格段に多いリアクションがあります。SNSで積み重なる「対話」によって、情報の価値がアップデートされ、その課程で画像に込められたメッセージが多くの人に伝わっていく流れが生まれています。その時、ユーザーは、「対話」に「イマーシブ(没入)」しているとも言えます。
75年前の戦争という、ネットでは扱いにくいテーマであっても、渡邉教授のツイッターは荒れにくいのが特徴です。「記憶の解凍」の取り組みは、ユーザーが一方的に情報を受け取るだけでなく、シェアをしたりコメントをしたりする行動に価値が移っている変化を教えてくれます。
1/2枚