連載
#3 #半田カメラの巨大物巡礼
新潟で増殖する「笑顔のガスタンク」地元民を30年癒やし続けた歴史
地域を見守るのは「脱力系」の球体
まん丸なボディに咲く、満面の笑顔。新潟県北部に建ち並ぶガスタンクのことです。つるりとした無機質な外見という、一般的なイメージとは大きくかけ離れた姿を、人目にさらしています。「顔の見えない産業」と呼ばれたガス供給事業に、親しみを抱いて欲しい。そんな思いから、地元企業が30年ほど前に製作。今では住民にとってかけがえのない、古里のシンボルとなりました。近年も数を増やしているという、この構造物が持つ魅力とは、一体何なのでしょうか? 大きなものを撮り続けてきた写真家・半田カメラさんがつづります。
「離れていても 笑顔でいよう Keep Distance & Keep Smiling」
新型コロナウイルスが流行する今、心に留め置きたい言葉が、端的に表されたフレーズ入りの画像があります。新潟県新発田(しばた)市にあるガス会社「新発田ガス」の公式ホームページやSNSアカウント上で使用、投稿されたものです。
写っているのは、同じ方角を向いて、一定の距離を取りつつ並び、笑顔で空を見上げる二つのガスタンク(正式には球形ガスホルダー)。その姿は、ソーシャルディスタンスを取っている風にも見えます。まるで、暗くなりがちな世相を、ぱっと明るくしてくれるかのようです。
もしかしたら、ガスタンクの写真に笑顔を描き入れた、加工画像だと思う人もいるかもしれません。ですが、新潟に実在する日常の風景なのです。
同社は新発田市を中心に、新潟県北部地域に都市ガスを供給しています。ニッコリ笑顔のガスタンク「ニコタン」は、イメージキャラクターとして1989(平成元)年に生まれました。
当時、ガスタンクには「冷たい」「怖い」といった負のイメージを持つ人が少なからずおり、業界も一般に「顔が見えないガス事業」などと言われていたそうです。
そこで、新発田ガスの現社長で、当時は副社長だった佐藤哲也さんが「顔が見えないなら描いちゃおう」と、大胆かつ明確な計画を立案します。
デザイン会社を巻き込んで、試行錯誤の末に誕生したのは、絶妙なタレ目と口角の上がった口が完璧な配置で並んだ、人々に親しみを持ってもらえるような表情でした。
顔が描き入れられたのは、新発田市中曽根町の国道7号線添いに建つ、2基のガスタンク。街の中心地に来る人を出迎え、また見送るように、背中合わせに笑みを浮かべる格好です。瞬く間に地元住民の間で話題となり、うわさを聞きつけた新聞社やテレビ局が取材に来るほどの人気を得ます。
1991(平成3)年には、広く一般から愛称を募集し、853通の応募の中から「ニコタン」という名前が選ばれました。顔が見えないと言われていたガス会社と住民との距離を、大きな笑顔がグッと近づけたと言えるでしょう。
私がニコタンを知ったのは今から10年前。ネット上で見つけた写真を見て、「なんだこの可愛らしい球体は! これぞガスタンク界の”会いに行けるアイドル”だ!」と、心がときめいたのを覚えています。それ以来、ずっと会いたいと思っていたニコタンとの初対面は、2012(平成24)年のことでした。
新発田市に入ると真っ先に、国道7号線添いに並ぶ2基のガスタンクへと車を走らせました。通常なら、多少なりとも威圧感を感じるはずの、巨大なガスタンク。それなのに、ニコタンが車窓越しに見え、どんどん近づいてくると、不思議と笑顔を返してしまう自分がいました。
最大級の癒しをもらいながら、周囲をぐるっと歩き回り、様々な角度から撮影。さて帰ろう、と高台の道を車で走っていた、そのときです。遠くに小さな笑みをたたえた、別のガスタンクを発見します。
初代ニコタンが誕生してから約20年。実はその間、彼らはひそかに「増殖」を続けていたのです。ガスタンクは定期的な塗り替えが義務づけられており、そのたびに新しい笑顔が描き込まれ、本社に一つ、ガス供給所に一つと、仲間を増やしていきました。
私が現地を訪れたとき、既に同市周辺には5カ所、7基のニコタンが存在していたのです。私はその日、ニコタンが複数の場所にいることを初めて知り、日が暮れるまで探し続けました。
ニコタンは仲間だけではなく、なんと生涯のパートナーまでも手に入れました。私が初めてニコタンに会った数ヶ月後、桃色タンクの「モモタン」がデビューを果たしたのです。
モモタンはニコタンのガールフレンドとしてキャラクター化されました。2012年、新潟県聖籠町藤寄にある2基の横並びニコタンが塗り替え時期をむかえ、片方がモモタンとして生まれ変わったのです。
周囲に水田が広がるのどかな風景の中、同じ方角を向いて微笑むふたつのタンクは、これ以上ないぐらい絵になるナイスカップル。見ていると、何だかこちらまで幸せになれそうな気がします。
モモタンはまつげがピョコンと一本加えられ、口元はニコタンより少し小さめにニッコリ。どことなくあざとさを覚えつつも、つい許してしまうアイドルのような、可愛いメーターが振り切れるほどの愛らしさです。私と同じように感じた人が多くいたのでしょう。現在までに、モモタンは更に2基増えています。
その一つが、曽根町の国道沿いにある初代ニコタン。背中合わせに建つ2基のうちの一方が、2017(平成29)年の塗り替えを経てモモタンになっています。
同県胎内市の住宅街にあったニコタンも、近隣の小学校の児童らから快諾をもらい、モモタンに変更されました。今では校舎を、日々笑顔で見守っています。地元の子どもたちにとって、ガスタンクとは、「にっこり笑顔が入ったもの」というのが常識なのです。
新発田市やその周辺で生まれ育った子どもは、他県に行くと「なぜガスタンクに顔がないの?」と驚きます。またニコタンに親しみ、県外に住んでいる人々は、帰省するとき笑顔のガスタンクが見えると「ああ、帰ってきたな」とホッとするそうです。
そんな風に、ニコタンとモモタンは一ガス会社のイメージキャラクターにとどまらず、古里のシンボルとなりました。初代ニコタンの誕生から約30年。かつて「顔が見えない」と言われたガス事業は、「地域の顔」となったのです。
今回このコラムを書くにあたり、ニコタンの生みの親である新発田ガス社長・佐藤哲也さんのご子息で、副社長を務める友哉さんにお話を伺いました。愛情たっぷりにニコタン、モモタンの話をする姿から、友哉さんはもちろん、きっと新発田ガスの皆さんにとっても、二つのキャラクターは家族にも近い存在なのではないかと思いました。
維持にコストがかかる大きなガスタンクは、技術の進歩により、年々減少傾向にあるのだそうです。「それでもニコタンをイメージキャラクターとし、新発田ガスだけでなく、地域のシンボルにもなっている以上、多少コストがかかろうとも、たとえ中にガスが入っていなかったとしても、ニコタンとモモタンは今後も存続させていきたい」という友哉さんの言葉が印象に残りました。
ウイルスの影響で、これまでのように自由に人と会えない日々が続いています。つい笑うことを忘れがちですが、冒頭のニコタンの画像を見て、笑顔の大切さを思い出しました。このコラムを読んで下さった皆さんにも、満面の「ニッコリ」が届いていたら嬉しく思います。
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