お金と仕事
カレー通販で成功、元ボクサーが現役時代から欠かさない「お礼状」
商売もボクシングも「本質は同じ」
HPはなく、広告は出していない。それでも全国から注文が相次ぐ「フクイのカレー」は、リピーター率の高さが特徴的です。作っているのは、愛知県豊橋市出身の元プロボクサー福井英史さん(54)。筆者がカレーを初めて注文した際、同封されていた「手紙」の丁寧さに驚きました。購入者にお礼状は欠かさないという福井さんは「本質をたどればボクシングと同じ」と話します。働き方が多様化する現代、アスリートのセカンドキャリアを成功させた福井さんから、誠実な仕事への思いを聞きました。(ライター・小野ヒデコ)
福井英史(ふくい・ひでふみ)
私は愛知県豊橋市で生まれ育ちました。親がボクシング好きだったので、小さい頃からテレビで試合を見ていました。ボクシングは体が大きい人がするものだと思っていたため、小柄な自分には縁がないと思っていました。
ある日、テレビで具志堅用高さんのことを知りました。大きい人かと思っていたら身長162センチ体重48.9キロだと知り、驚きましたね。ボクシングには階級があることを知り、「ボクシングに体格は関係ないのでは」という思いが生まれました。
ボクシングを始めたのは高校の時です。同級生が東京のボクシングジムに体験しに行った話に感化されました。
当時17歳だったのですが、直感で「僕はボクシングの世界でやっていける」と思ったんですね。ボクシングを始めたことは親には内緒だったので、ジム代はアルバイトをして稼ぎました。
プロボクサーになるにはプロ選手が多く所属するジムに入門するのが近道と考えました。雑誌広告で宿泊所付きの金子ジム(東京・下北沢)を見つけ、高校卒業後に入る気満々でいました。
でも、後になって宿泊所に入るには一定のボクシングキャリアが必要ということを知り、卒業間近で東京での住まいのあてがなくなってしまいました。
東京へ行くことは周りに言っていましたし、私自身、東京へ何としても行きたかったので親や先生には建前として「料理人になる」と伝え、寮が完備された飲食店に就職することにしました。
新入社員時代、時間のある日はジムへ駆け込み、練習する日々を送りました。アマチュアの試合にも出場し、3勝1敗という結果を残しました。
そして入門から1年後にマネージャーから「プロテストを受けないか」と言われたんです。自分にはまだ早い気がしたのですが挑戦した結果、合格。晴れて、19歳で念願のプロボクサーになりました。
プロボクサー時代は、朝走って、アルバイトして、練習して、試合に出る、の繰り返しでした。当時、収入になるファイトマネーはチケットの売り上げだったため、稼ぐためにはチケットを売らないといけませんでした。
ある先輩から、「減量もチケットの販売も含めてプロボクサー。それができないんだったらボクシングやめろ」と言われたことがあるのですが、その言葉でプロとしての意識がより高まりましたね。
また、当時の金子ジムの会長からは、耳にタコができるほど言われていたことがあります。「(お客さんから写真をいただいたら)礼状を書くように」ということでした。手紙なんて書いたことありませんでしたが、見よう見まねで書いて送っていました。
そこから、チケットを買ってくれた人にも毎回お礼状を書くようにしました。そうすると、自然と2度、3度と会場に足を運んでくれることもあって。振り返ると、この経験が今の仕事に大いに役立っていると感じています。
現役時代の実績は、5勝5敗1分。91年3月、最後の試合で私は初めてTKO(テクニカルノックアウト)負けをしました。レフェリーに試合続行は危険と判断され、試合を止められてしまったんです。
それでもボクシングをやり切ったと感じていたので、現役への未練は一切ありませんでしたね。
引退後は、ボクシング業界に残ることは考えませんでした。残るには、もっと実績がないとやっていけないと思ったからです。
これまで自由に生きてきたので、引退後は親孝行も含め、地元の豊橋市に戻ることにしました。飲食店に就職しましたが、より自分の可能性を広げたい気持ちが芽生え、自分で事業を始めることにしました。
これが「フクイのカレー」の原点です。カレーや食べるラー油、ケーキなどの冷凍食品の製造販売を自宅で開業しました。お店は持たなかったので、自己資金が少なくても事業を始められました。
最初、お客さんは豊橋の知人だけでしたが、ある日たまたまカレーのおくり物を頼まれて送付したことがありました。それが転機となり、通販へと販路を広げていくようになりました。
プロボクサーから料理人になりましたが、私自身、全くの異業種に転身したとは思っていません。そう思えたのでは、同じ元プロボクサーで、引退後は高級フレンチレストランの経営者となった田辺年男さんから言われた言葉が影響しています。
「お店の基本は掃除。ボクシングでは手の皮が剥けるまで練習したはず。同じように、手の皮が剥けるまで窓を拭き、便器を磨き、汗を流して掃除をしなさい。ボクシングの時と同じようにすれば、第二の人生で失敗するわけない」
表面的にはカレー作りでも、本質をたどればボクシングと同じだということがわかり、本当にボクシングをしている感覚で働きました。
開業してからこれまで、広告宣伝費はほとんどかけておらず、HPもありません。それでもカレーを食べてくれた人がブログで紹介してくれたり、最近ではSNSで紹介してもらったりと、口コミで徐々に広まっていきました。リピーター率は高いですね。
商品を送る際は、必ずお手紙を同封しています。購入してくださった方のことを思い浮かべて、文面を考えます。こちらの近況報告も交えることもありますね。
でも最初の頃は、横書きで書くなど今とは比べ物にならないほどラフな手紙でした。それが変わるきっかけになったのは、今から13年ほど前にあった出来事でした。
初めて購入してくださった方から、カレーの感想がとても丁寧に綴られた手紙をいただきました。時候の挨拶の入った縦書きの内容で、封筒と便箋も有名な和紙専門店のものでした。
自分の手紙との違いに恥ずかしくなり、すぐに書店に行って手紙の入門書を買い、急いでお返事を書きました。今のような手紙を書くようになったのはその時からです。
カレーには野菜や果物をはじめ、香辛料や調味料を20種類以上織り込んでいるのですが、すべての食材はどこでも手に入るものです。ありふれた食材を集めて美味しく作るのも料理人の仕事だと思っています。
今のカレーにたどり着くまで、改善に改善を重ねてきました。今時点では100点だと思っているのですが、出来上がった瞬間、「本当にこれでいいのか」と毎回自問自答しています。
カレーは時間をかければ美味しくなると思っています。焦らずに、時間をかけることで、より美味しいものが出来上がる。これからも、さらなる美味しさを追求して改善を続けていきたいです。
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