連載
#58 #父親のモヤモヤ
仕事か家庭か 夫婦とも医療従事者、コロナ禍で浮き彫りになったこと
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
「#父親のモヤモヤ」企画では、これまで仕事と家庭のはざまで葛藤する父親たちの声を聞いてきました。それらは、多くの母親がこれまで直面した困難の追体験でもありました。共通するのは、背景に性別役割分担の意識や働き方などの問題があることです。今回は、女性のケースから考えました。
女性が働く医療機関には、新型コロナの患者が入院しています。ただ、直接的な対応をしていません。一方、同じく医療従事者である夫は、患者と接する機会があります。互いの親は離れて暮らしているため、一人息子を保育園に預けて働いています。今回、メールで取材に応じてくれました。
「保育園に預けるために外に出ることで、息子の感染リスクが高まってしまう」。女性は、緊急事態宣言が出る前から、そんな懸念を抱いていました。女性自身、通勤時や職場で感染するリスクはあります。若い世代でも重症化するケースもあり、「私が命を落とせば、息子は小さなうちに母親を失うことになってしまいます」
女性は、そんな不安を夫に打ち明けたそうです。
「息子のためにも、仕事を辞めて家にいる方がよいのではないか」。夫は、こんな答えを返してきたと言います。夫は普段、家事をしません。息子とは週末に少し遊ぶ程度だそうです。「主人は仕事が生きがいです。結婚する前から一貫して家事と育児はしないと宣言しており、それを実行しています」
夫の両親も「息子(孫)のことを1番に考えてほしい」と、女性に対応を求めました。
女性自身、家族を守るために一時的に職を離れても、新型コロナが収束した後に再就職することは難しくないと考えました。転職が他業種に比べて容易だからです。
ただ、女性が担当するのは、新型コロナの患者ではなくとも、命の危険がある患者です。医療従事者が新型コロナの感染を恐れて辞めてしまえば、医療崩壊につながると危惧しました。「家族がいるのは、同僚も同じ。私だけが辞めることはできないと思いました」
こうした女性の葛藤に対し、夫の受け止めは「無駄なプライド」といったものでした。
「感染リスクを承知の上で仕事を続けるか、自分が退職するか」。女性は、この二択しかなかったと話します。
記者(39)は、共働きの妻と娘(4)を育てています。この話を知り疑問だったのは「夫婦で互いに仕事をセーブする選択肢はなかったのか」でした。そうすれば、第三の道がひらけると思ったからです。
「主人にとって一番大事なことは仕事です。仕事をセーブするという選択肢はありません。私自身も、その気持ちを尊重したいと思いました」。女性は、こう説明してくれました。
そもそも、夫も感染するリスクがあるのでは? これについても話し合っており、夫は「予防」を根拠にリスクは低いと主張したと言います。
家庭のあり方は、当事者同士の納得感も大切だと考えます。それでも記者は、女性1人で家庭内のコロナ禍を背負うのは、フェアでないようにも思いました。
女性の回答はこうでした。「主人が一緒に考えてくれるのがベストだと思います。ただ、平等であるよりも、家族のバランスが取れていればよいのかなと思います。私の方がいろんなことに妥協できるのだと思います」
記者には、腑(ふ)に落ちない面もありました。それでも、まずは女性の言葉を咀嚼(そしゃく)することにしました。
女性は、医療従事者として仕事を続けることを選択しました。「吹っ切れました。かかる時は、きっと家族みんなかかるだろう」。自分が倒れた時のために食料を準備したほか、重症化した時の治療方法についても夫に伝えました。「独身時代は、『延命治療』は自分には不要と思っていました。でも、今は違います。フルコースでしてほしいと伝えました」
このケースにとどまらず、新型コロナをめぐっては、子どもの休校を受けた際の家事や育児の負担が母親に偏っているという指摘もありました。ジェンダーの問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさんに、どういう考え方があるか聞きました。
治部さんはまず、「家事や育児に積極的に携わる夫もいれば、妻の方が稼いでもまったく家庭にコミットしない夫もいます。夫婦のあり方は多様です」と指摘しました。千差万別のケースを、一概に評価することの弊害も説きます。「夫婦の役割分担や納得感、そして自己決定の尊重という観点からも、性別役割分担の意識を単に否定するだけは始まりません」
一方で、社会全体では、家事や育児負担が女性に偏っている現実があるとします。SNS上で休校対応の負担が母親に偏りがちと指摘されたことを引き合いに、「以前から女性に偏っていた家庭内のケアの問題が、コロナ禍で顕在化した側面もあります」と説明します。
父親の立場では、どう捉えればよいのでしょうか。
社会の中には「男は仕事」のような規範意識が根強く存在しており、コロナ禍で在宅勤務と家庭との両立を迫られた父親には葛藤が生じやすい。治部さんはそう見立てます。そして、従来の「常識」が揺らいだ今こそ、当事者として考えるチャンスと続けます。
「必要な仕事や付き合いは何か、家事や育児の分担は適切か、夫婦で優先すべきものは共有されているか、子どもの教育方針はすりあわせできているか。父親も、当事者として考え、そして行動する機会になるのではないでしょうか」
記事に関する感想をお寄せください。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、在宅勤務が広がっています。一方で、休校や休園が続く中、在宅勤務と子育てとの両立に悩む声も聞かれます。「会社の対応」や「パートナーとの関係」「子どもの教育」などで感じていることや体験、ご意見を募ります。
いずれも連絡先を明記のうえ、メール(seikatsu@asahi.com)で、朝日新聞文化くらし報道部「父親のモヤモヤ」係へお寄せください。
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