連載
#23 #やさしい日本語
コロナウイルス、日本に暮らす外国人が戸惑った「慌てないで」
医学用語よりも難しい「ふつう」の日本語
この「やさしい
「慌てないで」は「落ち着いて」と言い換えればいいと思います。
「慌てないで」ということばの問題は、具体的な行動が書かれていない点にあります。 「~て、~で」という表現は「従属節」と呼ばれ、その後に、「主節」が来るのが普通です。例えば、「昨日は7時に起きて」とだけ言われたら戸惑うと思うのですが、これは、こうした「従属節」の後には「主節」が続くのが普通だからです。この場合なら、「昨日は7時に起きて、8時に出かけました」のような形になると、全体でまとまった意味を理解することができるわけです。
同様に、何らかの行動を指示する場合にも、「(会場に来るには)○○駅で降りて、駅前の通りをまっすぐ10分歩いてください」のように、「主節」を補わないと、聞き手(読み手)は何をしていいのかがわからず、宙ぶらりんな状態に置かれることになります。
このことを踏まえて考えると、「慌てないで」と言うだけでは、読み手/聞き手にとって不十分で、「主節」に当たる部分、つまり、具体的な行動を促す部分を書いたり話したりしなければならないということになります。
記事に、日本人は「慌てないで」という表現を多用するというノックさんの指摘がありますが、もしかすると、私たちは、こうした場合に、「主節」を具体的に考えずに書いたり話したりしてしまっているのかもしれません。「やさしい日本語」「わかりやすい日本語」で伝えるという場合、表現形式の問題だけでなく、伝えたい内容を具体的に想定しながら書いたり話したりすることも重要です。
◆庵功雄(いおり・いさお)さん:一橋大学国際教育交流センター教授。日本語教育の専門家。主な著書に『やさしい日本語――多文化共生社会へ』(岩波新書)、『<やさしい日本語>と多文化共生』(ココ出版・共編著)など。
【機械翻訳用】ふりがな なし
◆コロナウイルス、日本に暮らす外国人が戸惑った「慌てないで」
よく使われているのに、辞書には載っていないことば。日本に来た外国人が「よくわからない」「変だな」と感じることばを、やさしい日本語で分かりやすくしたら、今の日本も見えてくるかもしれません。タイ出身のノックさんは、新型コロナウイルスについての日本語の記事を、タイ語に翻訳をしていて、気になった言葉がありました。「『慌てないで』ってどういうこと?」 (サワディー佐賀代表・山路健造)
◆きょうのことば 「慌てないで」……あまり心配しすぎないでください、という意味です。
【佐賀県に住んでいるタイ出身の春園カノックワンさん(サワディー佐賀)の話】
<みんなはカノックワンさんを「ノックさん」と呼んでいます。ノックさんは佐賀県でタイ語の通訳や、観光ガイドをしています。佐賀県に住むタイ人やタイが好きな人のグループ「サワディー佐賀」の副代表です>
■タイ語に翻訳できない日本語
――3月13日に、佐賀県でも、初めて新型コロナウイルスの感染者が見つかりました。「サワディー佐賀」のLINEのグループは、日本語の新聞や佐賀県のお知らせをタイ語に翻訳して、メンバーに教えましたね。ノックさんは、翻訳するのは大変でしたか?
「そんなに難しくなかったですよ。 例えば、病気についての専門用語は、タイ語にも同じ言葉があります。ウイルスに感染した(ウイルスがうつった)人がいつ見つかったのかということも、翻訳することができます。 でも、ひとつだけ、ちょっとタイ語にするのが難しい言葉がありましたね」
――それはどの言葉ですか?
「『慌てないで』という言葉です」
――パニックにならないように、佐賀県の山口祥義知事は対策会議で「どうぞ冷静に行動していただきたい(=落ち着いて行動してください)」と話しました。佐賀県は「やさしい日本語」でも「あわてないで 正しい 情報を 待ちましょう」とお知らせを出しました。
「『慌てないで』は、すごく日本的な表現だと思います。タイ人に『慌てないで』というと、『何をしてはいけないという意味だろう?』と分からないです」 「『慌てて病院に行ってはダメです』など、何か行動してはいけませんという意味だと考えてしまうからです」
■「慌てないで」より必要なこと
――なるほど! 確かに、あいまいな表現ですね。「慌てないで」は、どのようなタイ語に翻訳したのですか?
「いろいろ悩みましたが、『あまり心配しすぎないで』と書きました」
「コロナウイルスのことは、みんなとても心配していたからです。 特に、感染した(コロナウイルスがうつった)人と同じ大学に通っている留学生たちは、不安でした。『マスクがない』という留学生には、私がミシンで作ったマスクを送りました」
――不安なときに分かりにくい情報を見ると、もっと不安になってしまいますね。
「『きちんと手を洗ったり、窓を開けて空気をきれいにしたりすれば、感染しないようにすることができます』と教えました。私がマスクを送った留学生は『助かりました!』と喜んでいました」
――ノックさんから聞いて、日本人は「慌てないで」という言葉をよく使っていると思いました。災害のとき、コロナウイルスのとき、私もつい『慌てないで』という言葉を使ってしまいました。でも、緊急のときには、いつもよりもっと、外国人がどのように行動したらいいか、外国人が迷わないような表現を使わなければならないと反省しました。
■何を伝えたいのか考えること
〈庵功雄先生(一橋大学)の話〉
「慌てないで」は「落ち着いて」と言い換えればいいと思います。
「慌てないで」ということばの問題は、具体的な行動が書かれていない点にあります。 「~て、~で」という表現は「従属節」と呼ばれ、その後に、「主節」が来るのが普通です。例えば、「昨日は7時に起きて」とだけ言われたら戸惑うと思うのですが、これは、こうした「従属節」の後には「主節」が続くのが普通だからです。この場合なら、「昨日は7時に起きて、8時に出かけました」のような形になると、全体でまとまった意味を理解することができるわけです。
同様に、何らかの行動を指示する場合にも、「(会場に来るには)○○駅で降りて、駅前の通りをまっすぐ10分歩いてください」のように、「主節」を補わないと、聞き手(読み手)は何をしていいのかがわからず、宙ぶらりんな状態に置かれることになります。 このことを踏まえて考えると、「慌てないで」と言うだけでは、読み手/聞き手にとって不十分で、「主節」に当たる部分、つまり、具体的な行動を促す部分を書いたり話したりしなければならないということになります。
記事に、日本人は「慌てないで」という表現を多用するというノックさんの指摘がありますが、もしかすると、私たちは、こうした場合に、「主節」を具体的に考えずに書いたり話したりしてしまっているのかもしれません。「やさしい日本語」「わかりやすい日本語」で伝えるという場合、表現形式の問題だけでなく、伝えたい内容を具体的に想定しながら書いたり話したりすることも重要です。
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