連載
#37 #父親のモヤモヤ
「子にはお母さんが一番」職場でも保育園でも…言われ続けた夫の苦悩
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
関西に住む40代の会社員男性が元妻と結婚したのは、15年ほど前。すぐに長男(15)が生まれました。
男性は当時、今とは別の会社に勤めていました。創業者の一族が経営に携わる中規模の老舗です。一方、元妻は外資系の企業でキャリアを積んでいました。互いの親は近くにおりません。子育てのスタートから夫婦二人三脚で歩んでいけるよう、また元妻の職場復帰を後押しできるよう、育休取得を上司に申し出ました。
ところが、直属の男性上司や会社の男性役員からはこんな反応がかえってきました。
「なぜ、男が育休を取るのか」
「奥さん1人ではダメなのか」
「子どもの体調がすぐれないのか」
はては、事情を探るためにと人事部からは元妻との面談を提案されました。断りましたが、今度は会社の役員会の場に呼ばれ、社長から事情を問いただされたそうです。
「親として子どもの成長に関わりたい。妻の職場復帰を後押ししたい。そうした考えはまったく理解されないのだと思いました。宇宙人と話しているようでした。『子育ては母親の役割』という価値観に染まった会社でした」
保育園でも「母性神話」に悩まされました。
男性の家庭では、曜日ごとに送り迎えの担当を決めるシフト制でした。担当日に子どもを迎えに行けば、食事やお風呂、寝かしつけといった家事や育児は一手に担うことになります。一方、担当日以外は、互いにめいっぱい仕事し、深夜に帰宅する生活が続きました。
夫婦で、公平に家事や育児をシェアしていたのに、子どもの様子に変化があると、保育士から「お子さんとちゃんと関われていますか」と声掛けをされるのは、いつでも元妻でした。元妻自身も、「子育て=母親」と強く感じ、こうした反応にはうんざりしていたそう。
一方、男性がお迎えに行くと決まって「奥さんに伝えといてくださいね」。親とみられていないのかと疎外感を覚えたと言います。
「少なくとも当時は、子育てをサポート程度に考えていた父親が多かったということでしょう。現状の写し鏡として、保育士さんもそう理解したのだと思います」。男性は、そう話します。
子どもが保育園に慣れた頃には、夫婦ともに多忙を極めました。担当日以外に残業しても回らず、週1回は、男性の実母に片道2時間かけてフォローに入ってもらうことにしました。
当時、長男は、保育園で友だちとけんかをすることもありました。こうした状況にあって、フォローたのめに来ていた男性の実母は、元妻にこんな言葉を投げかけます。
「もう少し仕事をセーブして、子どものそばにいてあげられないの?」。実母は「子どもがストレスを感じている=寂しがっている」と解釈したようです。ただ、息子である男性には、ほとんど何も言いませんでした。
元妻は、自らの担当日には仕事を持ち帰らず、子どもと積極的に会話するなど「質」には気を配っていたそう。それが「量」で評価されたこと、何より「子育ては母親の役割」という考えを押しつけられたと感じたことで、怒り心頭に発したと言います。
「もう、来てもらわなくていい!」。憤る元妻を、男性はなだめることしかできませんでした。「専業主婦として生きてきた母親には、もちろん悪気などなかったのでしょう。でも、無意識でも古い価値観を押しつけられた元妻のストレスは相当だったと思います」
当時は、男性も元妻も仕事に追われ、ぎりぎりのやりくりが続いていました。この一件以来、「互いに、抑えていたものに歯止めがきかなくなりました」。子どもの前でいがみ合う日々が続きました。
そうしてある日、妻が離婚を切り出しました。「これ以上は、子どもによくない」
男性と元妻は離婚し、長男が小学校3年生の時に別々に暮らし始めました。ただ、2人は近くに住み、長男は互いの家を行き来しています。「男女の関係でなくなっても、『保護者』の立場は共有しています」
社会を見渡せば、子育てに積極的な父親は少数派と言えそうです。育休取得率は6.16%(2018年度)。男性の周囲でも、家庭と疎遠な父親が目立ちます。こうした中、主体的に子育てに関わる父親は、まだまだ疎外感があると思っています。
男性は、こうも指摘します。「男女の役割を固定化して考える風潮は、まだまだ強い。それは私もそうです。この問題の難しさは、無意識だということ。『子育ては母親の役割』と口に出す人は少なくても、無意識に思い込んでいる人は多いのではないでしょうか」
「子どもにはお母さんが一番」。こうした考えに、妥当性はあるのでしょうか。
「『家族の幸せ』の経済学」(光文社新書)の著者で、東京大学教授の山口慎太郎さん(43)に聞きました。
子どもにはお母さんが一番という考えがありますが、母親が子育てをすることに特別な効果はあるのでしょうか。
「ないと言い切ってよいと思います」
山口さんの答えはシンプルです。山口さんによると、ドイツの研究では、生後しばらく自宅で母親に育てられた子どもと、保育園などに預けられた子どもとの間に、発達の差は全くありませんでした。「子どもが安心して甘えられる、保護されることが大事であって、養育者は必ずしも母親でなくてもよいのです」
山口さんは、「母性神話」に通じるものとして、「母乳育児」を挙げ、こう指摘します。「感情的には、『よき母』のイメージがあるのかもしれません。ただ、ベラルーシの研究では、少なくとも1歳を超えると、健康や発達には効果がなかったということもわかっています」
私たちは、体験から導いた経験則に頼りがちです。しかし、それが妥当かは別の問題です。「母親が子どもを育てることを否定しているのではありません。ただ、エビデンス的には、母親でも、そうでなくとも違いはない。だから、第三者が『母親が子どもを育てるべき』と言ってはいけないのです。ましてや、政策に関わる人や政治家が『3歳児神話』を持ち出すべきではありません」
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