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騒動で消えたとろサーモン像、今どこ? 「M-1」映らぬ宮崎で捜索
2017年の「M-1グランプリ」で優勝した「とろサーモン」。その後に起きた暴言騒動を覚えている人は多いと思います。2人は宮崎県の出身ですが、実はM-1が映りません。それでも優勝に県民は沸き、2人の偉業をたたえようと、県は銅像を制作しましたが、騒動の余波でひっそりと撤去されてしまいました。撤去された当時は騒がれましたが、今あの銅像はどこに行ってしまったのでしょうか。宮崎に赴任して気になっていた記者が、取材しました。(朝日新聞宮崎総局・大山稜)
今年も日本一の漫才師を決める「M-1グランプリ」の季節が近づいてきました。
私も学生時代から毎年楽しみに見ていたのですが、3年前に宮崎に赴任してからというもの、リアルタイムでM-1の決勝を見ることができていません。なぜなら、宮崎でテレビを見ようとすると、多くの地域で民放が2チャンネルしか映らず、テレビ朝日系列のM-1も映らないからです。例年、録画されたM-1が年末の深夜帯にひっそりと放送されています。
そんな宮崎ですが、2017年はM-1に沸いた年でした。なぜなら、この年のチャンピオンが、宮崎市出身の村田秀亮さん(40)と久保田かずのぶさん(40)の同級生コンビ「とろサーモン」(吉本興業所属)だったからです。
2002年にコンビを結成した2人は、「結成15年目以内」という出場制限ギリギリのラストチャンスで、4094組の頂点に立ちました。
「宮崎空港のすごく目立つベンチのところに温水さんの銅像があるんですけど、そこにわれわれ、とろサーモンの銅像も」
優勝後の記者会見で、2人は賞金の使い道を聞かれ、そう答えました。宮崎空港には県のPRの一環として2016年から、地元出身の俳優・温水洋一さんの銅像が設置されています。
2人の声を聞き、県庁が動きました。
商工観光PR事業の一環として予算200万円で、銅像を制作。縁側で2人がお茶を飲んでいる様子を模した銅像は、「日本のひなた宮崎県」をキャッチコピーにしている宮崎らしい温かみのあるデザインでした。
銅像は2018年4月からの約4カ月間、東京にあるアンテナショップ「新宿みやざき館KONNE」に設置されました。劇場「ルミネtheよしもと」に近かったこともあり、お笑いファン層の呼び込みにも貢献したそうです。
10月からは宮崎市内の「みやざき物産館KONNE」に引っ越し。県内のイベントや宮崎空港へたびたび「出張」し、行く先々でファンや県民から好評だったようです。
さらに、とろサーモンは2018年の末にあった宮崎県知事選のPRキャラクターにも起用されました。
ある県職員はとろサーモンの2人を「全国区のテレビ番組でたびたび宮崎のことを話してくれる貴重な存在。さわやかな村田さんと良くも悪くも正直者の久保田さんのコンビには広告塔としてのうそ臭さがない」と話します。とろサーモンは名実ともに宮崎出身芸能人の筆頭格となっていきました。
そんな中、「あの事件」は起きました。
優勝から1年経った2018年のM-1グランプリ決勝後。久保田さんがこの年に出場した他の芸人と一緒に、インターネット上に動画を配信しました。
審査員を務めた上沼恵美子さんに対する批判や暴言を繰り返す内容に批判が殺到し、炎上騒動へと発展。動画を削除し、謝罪する事態となりました。
この騒動の波紋は地元にまで届きました。県選挙管理委員会には「選挙の啓発にふさわしくない」という苦情が20件ほど相次ぎ、選挙公報や新聞広告に載せる予定だった2人の写真は県庁本館の写真に差し替えられました。
そして、物産館に設置していた銅像も撤去されてしまいました。
久保田さんは騒動後に出演したテレビ番組で「(宮崎にある銅像は)民衆がヒモをかけて倒したらしいです」と自虐。
2人と地元の関係は冷え込んでしまったように見えました。
当時ネット上には、「PR活動からは徹底排除すべき」「(発言は)高齢者女性を蔑視するもので多くの人を傷付けた」「顔見るのも不愉快」など、久保田さんへの辛辣な意見が飛び交いました。
ただ、久保田さんは犯罪に手を染めたわけではありません。「過剰反応ではないか」「せめて地元は応援してあげるべきじゃないの?」と、県側の対応に疑問の声も少なからずあがりました。
県選管は苦情に対し、「知事選挙を周知する啓発の内容自体に問題がない」として、ポスターやテレビCMは予定通り使用しました。ただ、準備中だった広告の写真は差し替え、事態の沈静化を図りました。銅像撤去もそれに準じて行われたそうです。
県職員の1人は「正直、もともとそういう芸風の人だと分かっていたじゃないか、という気持ちはありました。ただ、県庁としては県選管と足並みをそろえるべきという考えもあり、個人的には非常に歯がゆい思いの中での撤去でした」と本音を話してくれました。
撤去後、あの銅像は一体どこに行ったのか。観光や物産などのプロモーションを担当する県オールみやざき営業課に聞きました。
結論から言うと、「県庁内の倉庫に眠っている」とのことでした。
そもそもあの銅像は、吉本興業との契約上の理由から、2018年末までの期間限定の展示品という扱いだったそうです。撤去されたのは2018年12月中旬だったので、実際は「展示終了が約2週間早まった」とも言える状況だったそうです。
銅像の所有権は県にありますが、肖像権は事務所側が持っています。現在は銅像に関する県と事務所の契約は満期終了した状態で、当時の騒動があろうがなかろうが、公の場所に展示ができないという事情がありました。
担当職員は「今も展示したい気持ちはありますが、吉本さん次第な部分がある。いつかまた銅像が日の目を見る時が来るのではないか、という思いから庁内で大切に保管しています」と話しています。
騒動から1年。「あの銅像、そろそろ展示再開してあげてもいいのでは」という県民やファンからの声も、県庁には届いているといいます。ただ、いまのところ展示が復活する予定はないそうです。
地方行政と地元出身の有名人の間には、どんな関係性があるべきなのでしょうか。
行政が慎重な対応をとる気持ちは理解できます。公金を扱う立場として、県民の意見に耳を傾けないわけにはいきません。しかも、とろサーモンに関しては、知事選にアンテナショップの銅像と、まさに県を代表するような起用でした。その上、今回の取材を通して、職員には撤去に忸怩たる思いがあったこともわかりました。
それらの事情を踏まえた上で、当時の県の銅像撤去は、表面上は「いいときばかりもてはやし、問題が起きたら突き放す」という対応にも見えてしまいます。苦境に立ったときこそ支えるのが、地元の役割じゃないのか、という思いは今も個人的に持ち続けています。
芸能人としての知名度をPRに利用するだけでなく、地元から羽ばたいた存在として掛け値なしに応援する。たくさんの声がネット上で表面化しやすい現代においては難しいかもしれませんが、そんな「Win-Win」を超えた関係性こそが理想ではないでしょうか。
依然として賛否の分かれる話だと思いますが、宮崎で暮らす一人の県民として、またいつかあの銅像が宮崎のひなたに立つ日が来てほしいと願っています。
2人の銅像は亡くなった。そんな街からお送りします🤭 https://t.co/eSO85BQYxR
— とろサーモン 久保田かずのぶ (@kubotakazunobu) November 13, 2019
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