連載
#28 #父親のモヤモヤ
家事や育児「何もしないで!」 妻の要求に嘆く男性、背景に「呪い」
家事に育児にと、父親が家庭に深く関わろうとする中で、「妻の要求水準に至らない」と嘆き、戸惑う男性も目立ちます。こうしたギャップから「あなたは何もしないで!」と告げられた父親に話を聞きました。専門家は、妻と夫で家事や育児水準にギャップが生じる背景に、ある「呪い」があると指摘します。(朝日新聞記者・高橋健次郎)
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
「家事でも育児でも、私のやり方は全否定されていると感じます」。関東に住む30代の男性は、そんな気持ちを吐露します。3年前に結婚。1歳の長女がいて、妻は育休中です。
男性は、「妻のこだわりが強く、家事や子育てで『ダメ出し』されてばかりです」と続けます。「妻が家事をさせてくれない」とも訴えます。
「一人暮らしが長く家事には慣れていた」という男性にとって、共働きの妻と家事を分担することは当然のことでした。
ところが、結婚生活の早々につまずきました。
洗濯物は、少しでも形が崩れるとやり直し。テーブルに食事以外の物を置くとすぐにアルコール消毒――。これまでの男性のやり方よりもルールが細かく、「ミス」を重ねることもありました。すると、「手伝ってくれなくていい!」と突き放されたと言います。
一方、男性自身、妻に不満がありました。妻は片付けが苦手で、雑誌や洋服、飲みかけのペットボトルなどが、すぐに足の踏み場もないほど散乱するそうです。不衛生だからと、男性が片付けたところ、「勝手に何するの」と言われたと訴えます。
そうした中で長女が生まれました。
「長女の存在が、夫婦の橋渡しになってくれるのではないかと思いました」。ただ、それも淡い期待でした。
今度は、子育てをめぐりギャップが明らかになりました。ある時、子どもが早起きしたため、外に連れ出そうと花柄の服に着替えさせたところ、「花柄でなく、ストライプを着せて」と言われたそうです。妻は別の服を着せたかったようでした。子どもにみそ汁を作ろうと、顆粒(かりゅう)の調味料を使ったところ「顆粒スープを使ったみそ汁を子どもに飲ませないで!」。だしをしっかりとってほしい、という趣旨だったそうです。
妻のお眼鏡にかなっているか、普段からビクビクするようになったと言います。
育休中の妻に、家庭の負担が集中していると感じています。そのため、定時には退社し、分担していますが堂々めぐりです。
「もう少し折りあってくれないかな」。男性は幾度となく妻に掛け合いましたが、答えは決まって「あなたは何もしなくていい!」だそうです。「何もしないことが最大の協力なのかも」。そう考えて手を出さないと、「手伝ってよ!」。では、何を手伝えばと問えば「自分で考えて!」。八方ふさがりで、途方に暮れた気持ちになります。
男性は、次第に眠れなくなり、今では医師の処方薬が手放せなくなったそうです。
家事や育児をめぐっては、女性に大きく負担が偏っているのが現状です。この社会状況を抜きにして、「妻が求めるレベルが高い」と論じてしまっては、課題設定を誤ってしまうと考えます。ただ、個別ケースでみれば、深刻なケースもあります。
「『家事のしすぎ』が日本を滅ぼす」(光文社新書)の著書がある翻訳家の佐光紀子さんは、家事や子育て方法について夫婦でギャップが生じるケースの中には、きちんとした家事という「呪い」が関係しているものもあると指摘します。
「『正しい』家事でなければ、子どもは『正しく』育てなければ。そうした『呪い』に、母親も父親もかかっているケースもあると思います」
離乳食は、月齢ごとに固さや量を調整。目安にあわせて離乳を進める。お弁当は手作り。夕飯も一品は手作り。洗い物はシンクにためない。洗濯物はきれいにたたむ。年末は大掃除――。いわゆる「正しい」家事、「きちんとした」家事をしなければ家族に申し訳ない、自分はダメだと思い込む人は意外に多いと言うのです。
3人の子どもがいる佐光さん自身、「呪い」にとらわれていたと話します。
子どもが幼い時から、調理回数を減らすため、最後に帰宅した人にあわせて食卓を囲んでいたそう。午後10時になることもありました。
「当時、子どもは2、3歳。先におにぎりを食べさせるなど、おなかが減らないようにはしていました。それでも、遅い時間にごはんを食べるのは『正しい』育児ではないと思い、家庭の外では話せませんでした」
こうした「正しさ」は何から生まれるのでしょうか。佐光さんは、専業主婦の家庭がモデルになっていると読み解きます。
高度成長とともに、いわゆる「サラリーマン」が増え、男性の稼ぎ手と専業主婦という家庭が一般的とされるようになりました。保険料を働く人全体で負担し、年金を確保する仕組みも導入されるなど、専業主婦は制度面でも後押しされました。
「専業主婦は家庭を守るものとして、『手作りの愛情弁当』『丁寧な暮らし』といった視点で、政府の広報や雑誌などでも繰り返し取り上げられるようになりました。『良妻賢母』であることが求められたのです。この結果、『正しい』として世の中に広まっていったと思われます」
佐光さんは、こうした価値観が親から子へと受け継がれることもあると話します。
ただ、1990年代には、共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を上回っています。価値観は変わらない中、家庭のあり方が変化することで、ひずみが生じているのだと指摘します。
「『外注は手抜き』『手作りこそ愛情』。それが何の実態もないただの『呪い』だと気がついて、『家事=愛情のバロメーター』という思い込みから抜け出せれば、母親も父親もラクになるのではないでしょうか」
記事に関する感想をお寄せください。母親を子育ての主体とみなす「母性神話」というキーワードでも、モヤモヤや体験を募ります。こうした「母性神話」は根強く残っていますが、「出産と母乳での授乳以外は父親もできる」といった考え方も、少しずつ広まってきました。みなさんはどう思いますか?
いずれも連絡先を明記のうえ、メール(seikatsu@asahi.com)、ファクス(03・5540・7354)、または郵便(〒104・8011=住所不要)で、朝日新聞文化くらし報道部「父親のモヤモヤ」係へお寄せください。
1/31枚