連載
#159 #withyou ~きみとともに~
「幸せに病める世界を」メンヘラテクノロジー会社作った東工大院生
「私がメンヘラのまま、社会に認められるようになりたい」
「幸せに病める世界をつくる」ーー。そんな理念を掲げているスタートアップ企業があります。その名も「株式会社メンヘラテクノロジー」。立ち上げたのは自身も「メンヘラ」だという、東京工業大学の大学院生・高桑蘭佳さん(25)。「幸せに病める」ってどういうこと? 「メンヘラ」な自分とはどう向き合えばいい? 「私がメンヘラのまま、社会に認められるようになりたい」という高桑さんに聞きました。
それにしても、かなりとがった社名です。一体どんな人が経営しているのか気になり、取材を申し込みました。
取材場所に現れたのが、高桑蘭佳さん。まずショートの金髪に目がいきますが、漂わせる雰囲気は落ち着いています。取材中も小さな声で話し、あまり感情を出しません。少しでも笑顔になると、こちらが安心してしまうほどです。
もともと「メンヘラ」とは、精神疾患者などを指すネットスラングです。いまは感受性が強いことや、気持ちが落ち込みやすいことで生きづらさを抱える人など、比較的軽度な場面でも使用されるようになりました。高桑さん曰く「自己肯定感が低く、他人、特に異性に認められたい気持ちが強い人」です。
高桑さんは精神疾患の治療を受けていたこともあり、軽重あわせて「メンヘラ」を自認しています。今も定期的にカウンセリングなどを受けながら、サービスの開発を行っています。
ローンチするサービスは、「自分がほしいと思っていても、なかったもの」。当事者のリアルな思いが、会社の根幹にあります。
高桑さんの心のバランスが崩れ始めたのは、石川県金沢市の高校に通っていた頃。関東や関西の有名大学の合格者を多く輩出する進学校で、「勉強の成績で人間関係のヒエラルキーが決まっていた」と話します。
プレッシャーの強い環境下で、勉強してもなかなか上がらないテストの点数。気持ちばかり焦り、徐々に学校や勉強への拒否感が募っていきました。
そこで追い打ちとなったのは、当時付き合っていた彼氏でした。高桑さんの気持ちを受け止めるどころか、学歴主義の考え方が強く、「京大以下の女は好きじゃない」とまで言われたといいます。
「今思えばおかしいんですけど」という高桑さん。「それまでちゃんと付き合ったこともなくて、彼氏がおかしいんだと感じていなかった。私が悪いんだって思ってしまったんです」
高桑さんがいつも抱えていたのは、周囲の人がいつ離れていってしまうかわからない不安でした。自己否定感の中で、「誰かに必要とされたい」という気持ちが強まり、同性の友人にもそれを求めてしまいました。
お互いを思う強さがかみ合わないしんどさから、友人ではなく、恋人への執着が強くなっていった、と高桑さんは分析しています。
「彼氏が世界のすべてで、彼氏が私を必要としてない=世界から私は必要とされてない。どうしたら彼氏が私を認めてくれるのかっていうことばかり考えていました」
勉強のプレッシャーと彼氏が離れる不安が積もり積もった高校3年生。中間テストが終わった翌日、学校を前にして突然「入りたくない」と思った高桑さん。それ以降、学校に行けず、精神状態も悪化していきました。
1年浪人し、大学に入学。そこで出会ったのが、現在の彼氏でした。彼氏と出会い、心の状態も少しずつ良い方向に向かっているといいます。
実は起業したのも、イベント企画会社を経営する彼氏に実績を認めてもらうため。彼氏への思いを原動力に、仕事も回っています。
◎書きました&歩きました
— らんらん🤖❤️ (@pascarrr) February 27, 2019
彼氏に「愛してる」気持ちを伝えるために東京駅からディズニーまで20km歩いてみたhttps://t.co/cbliESWg7M
鬼ハードだったけど、結果、彼氏が私のために麻雀を中断してくれるくらい愛情を伝えることができたので嬉しかった企画😃❤
シェアしてくれると嬉しいです! pic.twitter.com/MNii4QRq1U
彼氏は、ライターとしても活動している高桑さんに、「文章がうまいね」「これで普通に稼げるよね」と声をかけてくれるといいます。高校の挫折の経験から、勉強や仕事へのコンプレックスが強かった高桑さんにとって、恋人の柔和な言葉は初めての経験でした。
「無制限に肯定してくれる安心感というか。自己肯定感はまだないけど、私と対等に立ってくれてるって感じました。認めてもらえると、やりたいことも増えてくるんです。否定されることに怯えてたときは、そんな気持ちも生まれなかった」
この思いは、サービスにも活かされています。
メンヘラテクノロジーが提供しているサービスに、LINEのビジネス向け機能「LINE@」を使った「メンヘラせんぱい」というチャットサービスがあります。誰かに話を聞いてもらいたいとき、スタッフがチャットで話し相手になってくれるというものです。
「『絶対に相手を否定しない』ということが根底にあります。それは私がしてもらってうれしかったから」
もう一つの狙いは、「相談のハードルをもっと下げることです」。
精神状態を大きく崩した経験から、高桑さんは「もっと早く誰かに相談していればよかった」といいます。でも、知っている人だと遠慮してしまったり、相手の時間を取ってしまうことに気が引けてしまったり。「愚痴を言ったら嫌われる」と思い、周囲の人に相談できず、抱え込んでしまったといいます。
NPOなどが運営する既存の電話相談やLINE相談の存在は知っていましたが、相談をためらうことがあったそうです。
「すごく追い詰められていないと相談できないと思っていました。命の危機とか、例えば恋愛の悩みでもDVとかされてないとダメなのかなって」
彼氏のことでたくさん悩んできたからこそ、同じような彼女たちの思いを、そのままの温度感で汲んであげたい。至極個人的な発想から生まれたサービスですが、じわじわと登録者数が増えています。高桑さんは「スタッフは知らない人だけど、友だちのような感覚を目指している」と話します。
利用ユーザーは、最大で週100人ほど。スタッフは大学で心理学を学んでいる人や、メンタルヘルスや支援に興味がある人です。EAPメンタルヘルスカウンセラー監修のマニュアルを使用しているものの、提供するサービスはカウンセリングではなく、あくまで話し相手です。そのコンセプトをユーザーにも共有してもらいながら、専門的なアドバイスが必要な場合は適切な機関を紹介する仕組みも計画しています。
「彼氏が世界のすべて」と思っていた高桑さんの気持ちが安定するようになったのは、依存先が彼氏だけじゃなくなったからだといいます。メインはもちろん彼氏だけれど、数パーセントを研究や会社の仕事をよりどころにできるようになりました。
その理由は「研究も仕事も、彼氏に関係することだったから」。大学での研究は、”彼氏モニタリング”。Twitterの彼氏宛てのリプライから、アカウントの親密度を判定する仕組みです。いわゆる「浮気防止」ですが、彼氏の気を引くことが焦りではなく、モチベーションに変わったといいます。
「それでも私はまだメンヘラ側」という高桑さん。「これ以上私のことを好きでいてくれる人はいないかもしれない」と思うと、彼氏が離れていってしまうかもしれない不安は消えません。
「でも正直、病む原因をなくすって無理だと思うんです」
「だったら、病みながら幸せになる方法を考えるしかない」。「幸せに病める世界をつくる」という会社の理念がここにあります。
パートナーに依存し、コントロールしようとしすぎた結果、よくない形で爆発してしまうケースがあります。そういったニュースを見るたび、他人事に思えなかったそうです。
「そうなる前に、前兆に気付いてもらえたり、気を紛らわせたりする手段があればいいのかなって。それでも他の手段がなければ、とりあえず自分でつくろうと思ってやってきました」
その思いで、「メンヘラテクノロジー」でサービスをリリースしていきました。
「私がメンヘラのまま、社会に認められるようになれば、メンヘラをやめなくていいって思ってもらえるかもしれない。メンヘラを治せなくても、メンヘラをやめなくても、楽しく生活することはできると思います」
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