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1円雑誌が問いかける価値 全680ページ、売り切れ続出…編集長に聞く
7月24日に発売された雑誌『広告』の売り切れが相次いでいます。
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7月24日に発売された雑誌『広告』の売り切れが相次いでいます。
7月24日に発売された雑誌『広告』の売り切れが相次いでいます。「価値」について特集した内容で680ページもありますが、価格は1円です。「この雑誌と1円を交換する体験は『ものの価値』について考える入り口です」と話す編集長に話を聞きました。
リニューアル創刊号として博報堂が発売した雑誌『広告』。
ものがあふれる時代に、本当に価値あるものとは何なのか? これから価値あるものをどう生み出していけばいいのか?
対談や専門家による寄稿、取材記事など全680ページを通して、「価値」についての多様な視点を投げかける内容です。
1948年に博報堂の広報誌という位置づけで創刊した『広告』。
編集長が交代するたびにテーマや体制、判型、価格なども変わり、季刊化した近年では名前に反して広告について扱うことはほとんどありません。
今年に入って編集長に就任したのが小野直紀さん(38)。
博報堂のクリエイティブディレクターですが、社内でプロダクト開発チーム「monom」(モノム)を立ち上げてボタン型スピーカー「Pechat」(ペチャット)を開発して販売。
社外でデザインスタジオ「YOY」(ヨイ)を主宰するなど、「広告会社でモノづくり」に取り組んでいます。
昨年6月に編集長就任の打診を受けて、どんな雑誌にするか検討を開始。
「クライアントのことや販売のこと、もうけや会社の宣伝も考えなくていい雑誌なので、ミッションはありませんでした。『ミッションのない雑誌って何なんだ』というところからスタートしました」
編集経験もなければ、雑誌もほとんど読まない。YOYやmonomも忙しい。そんな中で引き受けた雑誌の編集長。
リニューアルにあたって、「いいものをつくる、とは何か?」を全体テーマとして定めました。
きっかけは、映画『野火』の監督・主演を務めた塚本晋也さんのドキュメンタリーを観たことと、タミヤの田宮俊作会長のカスタマーサポートを重視する取り組みを知ったことでした。
「つくり手としての自分に欠けている視点がたくさんあることを痛感しました。『いいものをつくりたい』と自分なりに向き合ってきましたが、『いいものをつくる、とは何か?』という問いに向き合うことは一度もありませんでした。そんな自分を恥じると同時に、前向きな気持ちが湧き上がってきて、ごく個人的な衝動からテーマが決まりました」
「いいものをつくる、とは何か?」を考える上で、最初に向き合おうと思ったのが「価値」について。創刊号のテーマに選びました。
当初、読み応えのあるページ数にしながら無料配布することを考えていましたが、取次会社や書店にヒアリングするなかで1円で売ることに方針転換。
「価値について考える雑誌なんだから、やっぱり買ってもらうことが大事だと思ったんです。無料だと雑誌コーナーに並ばないですし、数あるフリーペーパーの中に埋もれてスルーされてしまうのでは、という懸念もありました」
価値の感じ方は価格によって左右されがち。価値によって価格が決まることはあっても、その逆はないはずでは?
そんな思いから、この雑誌と1円を交換する体験を「ものの価値」について考える入り口としてもらおうと考えました。
編集に関わったのは社内外の30人近いメンバー。
価値に関して日頃のモヤモヤした思いを出し合い、その中から「価格」「新しさ」「無用」「コスト」「評価」という項目を立てて進めました。
すんなり進んだものもあれば、取材・編集をするうちに変わっていったものも。
ガンダムに学ぶコスト度外視の優位性について論じた「ザク化する日本のものづくり」は当初、万里の長城やピラミッドをモチーフにする案だったといいます。
リニューアル創刊号の発刊は3月19日を予定していましたが、5月中旬に延期。さらに伸びて7月24日に発売されました。
雑誌の巻頭に持ってきたのは、文化人類学者・松村圭一郎さんと小野さんの「価値と人類」に関する対談です。
価格やコストなど、価値を考える上でわかりやすいテーマではなく、やや抽象的になりがちなものを巻頭にした狙いについて、こう説明します。
「具体的な考察に入る前に『価値って曖昧(あいまい)なんだ』ということを、最初にスッキリと伝えておきたかったんです」
1万5千冊刷ったうち、1万冊ほどが書店に並びました。
取次会社は扱ってくれなかったため、趣旨に賛同してくれた書店をメインにしながら、Amazonでも販売。
書店では売り切れが相次ぎ、Amazonマーケットプレイスでは5千円近い価格で取引されるケースも出ています。
「1円が買ったものがいくらになるのかという価値を考える例になっているのかもしれませんが、本意ではありません」と小野さん。
このようなケースを想定して、書店では1人1冊に限定してもらったり、Amazonでは発送を自分たちで担当することで大量購入を防いだりといった対策も取ったそうです。
1円で販売するだけでなく、ホームページ上では連動企画として「1円ショップ」もオープン。
「あきたこまち ひと口分」「伊豆の天然水 小さじ1杯」「国語辞典 全24語」など計11商品について、それぞれ1円分を販売しています。
単なるプロモーションとしてではなく、各商品の歴史や特徴に関するコラムを載せることで、それぞれの価値を感じてもらおうという取り組みです。
「雑誌を1円で売ったり、1円ショップを企画したり。かなり広告的なので、その表層だけを受け取られる方もいらっしゃるかもしれません。でも、私たちの狙いは『本当に価値あるものとは何なのか』『これから価値あるものをどう生み出していけばいいのか』を考えるきっかけづくりなんです」
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