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「なぜ日本で産むの?」聞くけど 外国人視点で見えた〝日本の課題〟

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日本で働き、暮らす外国人は増えており、その中心は「子育て世代」です。少子化にあえぐ日本ですが、約2万人の外国人女性が出産しています(人口動態調査、2023年)。そんな外国人ママたちを支える活動をしている日本人女性は「外国人を支援するなかで、日本の課題が浮き彫りになった」と話します。
2020年に発足したNPO法人「Mother's Tree Japan(マザーズツリージャパン)」(以下、マザーズ)。
日本で出産を経験した外国人「先輩ママ」らが協力して、無料で妊婦健診に付き添って通訳をしたり、LINEで相談を受けたりしています。ほかにも病院や自治体の「プレママ教室」にハードルを感じる外国人ママへの通訳付き子育て講座や、「陣痛が来たときに使う言葉」など〝特有〟の日本語を教えるオンラインクラス、指さしで医療従事者に気持ちを伝える「お産ボード」の無料配布など、既存の制度では手が届かない「かゆいところ」まで多岐にわたる支援を展開。昨年1年間だけでも支援した外国人ママは、のべ2700人に達しました。
事務局長の坪野谷知美さんは、各地で医師や保健師らを前に講演するなかで「毎回きまって聞かれる」ことがあると言います。それは「なぜ日本で産むのでしょうか」という疑問。「悪気なく聞かれますね」
そのたびに、現状を話すと言います。
マザーズで支援している人を見ても、8割は自分で働いて保険料や税金を納めて、将来受けるかどうかも分からない日本の介護保険まで払ってくれている人たちです。
母国に安心できる医療や保険制度が整い、将来に希望が持てる仕事があるなら、そもそも臨月まで日本で働く、ということはないはずです。
「日本人が当たり前に得られる情報は、無料で渡す」というマザーズの信念は、当然サービスを受ける資格があるのに、言葉や文化の違いで受けられない「格差」を埋めたいという思いが込められています。
活動を始めて5年。坪野谷さんは「私の視点もすごく変わった」と振り返ります。「外国人ママの目を通して、〝日本の課題〟がどんどん浮き彫りになってきました」
たとえば数年前、秋田の病院で「外国人はちょっと受け入れられない。青森まで行って」と断られた妊婦がいました。「なんてひどいこと」と憤慨しましたが、後にこのできごとを秋田の医療関係者にこぼすと、「実はこれはもう秋田全体の問題なんです。日本人も青森まで行ってるんです」と産院が次々と閉鎖している現状を聞かされました。
人手不足の過疎地帯に労働力として受け入れられている外国人は、人が減っている日本の〝最前線〟で危機的な状況を感じ取っているに過ぎません。
健診で3時間待っても医者は1分しか話してくれないーー。妊婦健診ではよくある光景ですが、「私が外国人で、嫌われているからでしょうか」と時々質問されます。「それは日本人も一緒だよ」と答えると、外国人女性に「なぜこんなにコミュニケーションがなくて、みんな安心して産めるんですか?」と言われて、ハッとさせられました。
日本人だって、みんな不安。それなのに、いつの間にかそれが「当たり前」になってしまっていたのかもしれません。
「日本のお産自体がハッピーなことじゃなくなっている」。ミャンマー人女性と話していたときには、そう実感しました。
「ミャンマーだったら、妊娠出産したらお姫様扱い。みんながお祝い持ってきてくれて、ご飯作ってくれて、赤ちゃんをずっと抱っこさせてと言ってくれる」
そんなミャンマーから来て日本で出産した女性は、「日本は産んだ日から、すべての注目が赤ちゃんに注がれ、『赤ちゃんを育てるために良いお母さんになりなさい』と言われているようだった。赤ちゃんを産んだとたんに、私という人間がいなくなって、『母親マシーン』みたいな。それが日本はすごくしんどかった」と、ギャップに苦しんでいました。
少子化が止まらない日本。どうしたら子どもを産みたい、育てたいと思える国になるのか? 延々と続く議論でも解決の糸口が見えないなか、風穴を開けるヒントは、外国人の視点で見た素朴な疑問なのではないか、と坪野谷さんは期待しています。
マザーズで支援している外国人ママの約1割が「抗うつ剤を飲んで子育てしている」と言います。
産後うつ病の発症の要因の一つには、周囲からのサポートが足りないこともあると言われています。
外国人の場合、家族から離れていることや、言葉や文化の違いで孤立しやすいこともありますが、国籍問わず産後うつ病の罹患率は10~15%あると言います。同じように不安や孤立感を抱えながら「自分からは助けを求められない」でいるママは、日本人にもたくさんいるのです。
「ちょっと取りこぼしている人に、誰かがどこかで気がついて、つなげる仕組みが全国的に必要」と話す坪野谷さん。
ヒントにしているのはタイの人から教えてもらった「目の端に置いておく」という言葉です。「〝監視〟するのではなく、目の端に入れて気にかけておいて『どこか行くなら車だそうかー』と言ってくれる、そんな〝みんなの実家〟みたいなところがあると良い」
そんな思いから、最近始めたのは、日本人の支援者向けの講座です。これまでは外国人の通訳サポーターたちが担っていた異文化の「かけ橋」。その知見を全国の助産師や保健師、国際交流協会ら、傍らにいる人に広めていこうとしています。
本当は困っているけれど、自分から相談できない理由はなんなのか。相手の考えや文化が分かると見えてきます。「たとえば、日本のように行政が子育てに介入してくることがない国も多く、『なぜ保健師に相談するの?』と驚いている。その前提に気づいてあげないと、いくら多言語化した情報を渡して『何かあったら相談して』と言っても、伝わらないのです」
いまや、日本で生まれる子どものおよそ23人に1人は、どちらかの親が外国出身です。そんななか、マザーズは2年前から、「多文化子育てフェスティバル」を毎年、開催しています。
日本の「こうあるべき」という子育てにプレッシャーを感じる若い人には、「いろんな子育てがあっていい」と知ってほしいとの思いを込めています。
外国人ママたちが各国の子育てを紹介するブース。例えば「あなたの国の離乳食」や「名前の付け方」など共通テーマに沿った展示には、こんなにも多様な子育てがあるのか、と驚かされます。
多様なママたちの子育てを知ることで「正解はひとつじゃない」と伝えたいと言います。
「赤ちゃんが中心にいると、みんなつられて笑顔になれる。子育ては、多文化共生が一番しやすい分野だと思うんです」
ママたちに多文化の友達がいて、その子どもたちにも多様な友達がいれば、「日本はこうあるべき」にとらわれないで、「どういう国にしたいか」を描いていってくれるのではないだろうかーー。坪野谷さんはそう期待します。
「次の世代に委ねられるよう、そのための〝仕込みを〟いま皆でやっているんだろうと思っています」
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