WORLD
「あの頃の母助けたい」一心で 孤立する外国人ママの産前産後支える

WORLD
もしも自分が外国で子どもを産み、育てることになったらーー。文化も言葉も習慣も違う場所で奮闘する外国人ママたちを支えてきた女性がいます。「あの頃の母を助けたくて」という思いを聞きました。
日本で働き、暮らす外国人は増えており、その中心は「子育て世代」。少子化にあえぐ日本ですが、約2万人の外国人女性が出産しています(人口動態調査、2023年)。
一言で「出産」と言っても、そこには百人百様の命をかけたドラマがあります。産前産後の通院や、体のトラブル、煩雑な書類や手続き……。日本語がわかる日本人でも、心が折れそうになるような場面の連続ですが、さらに言葉も文化も違ったらどうなるのでしょうか。
そんな産前産後の外国人ママたちのサポートを掲げて、保育士や助産師らが2020年に設立したのがNPO法人「Mother's Tree Japan(マザーズツリージャパン)」(以下、マザーズ)。
日本で出産を経験した外国人「先輩ママ」らも協力して、無料で妊婦健診に付き添って通訳したり、LINEで相談を受けたりしながら、孤独な子育てを支えています。
これまで草の根で支援してきた活動ですが、事務局長の坪野谷知美さんは「存続するかどうかはここ1、2年ですね」と、瀬戸際に立たされています。
インタビュー中も坪野谷さんのスマホにはLINEの通知がきます。1時間半で16件。「先日は自治体との会議中に目を離していたら、56件入ってました」。早朝や深夜もひっきりなしに届くのは、外国人ママたちからの〝SOS〟です。
「おなかが張って痛み、息が苦しい」「子どもが40度の熱を出して吐いた」ーー。各言語担当の通訳が間に入って、保育士資格を持つ坪野谷さんが答えたり、アドバイザー役の助産師や小児科医らから、直接アドバイスをもらったりしています。
小規模なNPOとして尽きない悩みは資金繰り。自分の給料は助成金でまかなえないため、坪野谷さんも貯金を切り崩して活動しているそうです。
そうまでして外国人ママを支援したいのは、なぜですか?
坪野谷さんは、自身の母について話し始めました。夫の仕事のため、香港とイギリスで坪野谷さん姉妹を育てた母。
「私は幼稚園から中3まで海外で過ごしました。当時の香港は、終戦記念の8月は『日本人は外に出ないで』と領事館から言われるぐらいでした」
当時の記憶には、台所で時折、一人で泣いていた母の姿があります。
「母は簡単な英語は話せたけど、現地の言葉も話せないし、文化もよく分からない。子どもが病気やけがをしても、一人ではすぐに医者に連れて行ってあげられず、父が帰ってくるのを待ったり、父に連絡して予約を入れてもらったりして、父が医師との話を通訳してました」
いま、日本で子育てをしている外国人ママを見ると、自然と母の姿が重なると言います。「だから、『外国人を助けたい』って気持ちよりは、『当時の私の母を助けたい』と言った方が正しい感じです」
日本で保育士になった坪野谷さんは、日本人の母親たちと接する中で、「産後のつまずきがその後の子育てにずっと影響を与える」と感じ、女性たちの産後ケアを始めました。産後すぐのママたちを訪ねて、マッサージをしながら、話を聞くものです。
そんなとき、カフェで外国人の妊婦を見かけました。日本人女性から妊娠と出産のシステムを、英語で説明されています。
「ずっと『日本はね、日本はね』と英語で説明を受けているうちに、その外国人妊婦さんはぐったり疲れてしまっていて。『そうだよな、日本人って親切だけど、説明したい思いが先行して、相手が何に困っているかを知ろうとしないよな』と分かって」
産後ケアでも外国人ママに接すると、必ず「ある質問」でみんな泣いてしまうことに気づきました。
それは「ねぇ、あなたの国ではどうなのか教えて」。
外国人ママたちは「今まで誰も聞いてくれなかった、私の国のこと。日本のことばかりで、姑は勝手に日本料理を冷蔵庫に入れていくし。それがつらかった」などと語り始めます。
カフェで見ていたモヤモヤが確信になりました。「文化に寄り添ったり、その人が何に困っているのかを丁寧に聞いてあげたりするサポートが必要だ」
活動の拠点は外国人が多い豊島区に置きました。当初から、目指していたのは団体を大きくするのではなく「方法を広めていく」こと。「そうしないと、(外国人が増える中で、サポートが)間に合わなくなるだろうなっていう危機感がありました」
設立直後にコロナ禍に見舞われましたが、緊急事態宣言中も、助産師ら日本人メンバーと外国人ママに翻訳してもらいながら、「お産の時に使う言葉」などの寸劇動画を多言語で作って発信し続けました。
病院に付き添いができるようになると、坪野谷さんも外国人サポーターと健診の同行に飛び回る一方で、無料でダウンロードできる多言語のお産ボードなどをウェブサイトで公開。またオンラインでは「陣痛」や「破水」などお産前後に使う〝特殊な日本語〟のクラスも開催しました。
「ツールを事前に渡したり、オンライン講習会をやるようになったりすると、自分たちで頑張れる人も増えてきて、直接支援する機会は減りました」
そもそも、病院には外国人患者のための「医療通訳」がありますが、なぜ「サポーター」の付き添いが必要なのでしょうか。
「医療通訳や行政通訳のほとんどは、行政もしくは病院からの依頼でしか、つけられないんです。でも私たちは、お母さんが体の不調を訴えたいときにこそ通訳を使うべきではないか、と思っていて、最初から『お母さんの依頼でやる』というのが主眼でした」
必要な場面ではもちろん医療通訳に回します。でも、普段の健診や届け出などには医療通訳をつけることは難しいのです。そして、この「ほんの少し」に助けがあるのとないのとでは、「安心」に大きな差がでます。
もし個人的に通訳を頼むと数時間で数万円。マザーズの付き添いサポートは無料にして、気軽に使ってもらえるようにしました。
「サポーター」の強みは「自分も同じように苦労した経験がある人」ということ。医療通訳はプロとして医者の言うことを正確に訳し「(情報を)足しても引いてもいけない」とされていますが、サポーターは日本と母国の文化のギャップに戸惑う気持ちを橋渡しするために、時には医者の話の間に「先生、ちょっとすいません。今先生が説明したこと、うちの国にはないので、少し説明していいですか」と割って入ることも。
坪野谷さんはサポーターたちに「むしろ先輩として、仲良くなってほしい」と伝えています。「名乗り合って、待合室でゆったりおしゃべりをしながら、初めて体のデリケートなところの不安をしゃべれると思うんです」
そんな通訳サポーターは約90人になり、マザーズの活動を支えています。マザーズが昨年1年間で支援した外国人ママは、のべ2700人に達しました。
1/5枚