連載
#109 #withyou ~きみとともに~
本棚はずらり「中二病」の書店、マスターがすすめる「珠玉の3冊」
ヤングアダルトという言葉、ご存じでしょうか?私は言葉の響きにちょっとびっくりしたのですが、大丈夫。「YA」と略して表記されることもありますが、本の世界で使われるときは、「中高生を中心とする13~19歳を、主な読者対象」とした本のことを指します。そのYAを中心に取りそろえている古本屋が大阪にあります。新学期や新生活を迎え、期待や不安、いろんな気持ちが交錯しているあなたに、オススメの本も聞いてみました。
書店は大阪市阿倍野区にある「大吉堂」。リノベーションされた長屋5軒が並ぶ「アベノ洋風長屋」の一角にあります。落ち着いた照明の店内にはYAを中心に、5000~6000冊の本が並びます。店主の戸井律郎さんは、ふらっと入ってきたお客さんに「いらっしゃいませ」の一言をかけたあとは特に声をかけることもなく、店内には優しい時間が流れます。
昔から本もアニメもマンガも好きで、「子ども周辺の文化が好きだった」という戸井さんが、この古本屋を始めた経緯は後ほど紹介するとして、まず、「新学期、学校が不安なあなた」に向けた本を3冊紹介していただきました。
「この本はそのまま楽しんでもらいたい。SFとしてでも、人間の本質を見つめるという意味では哲学でも、恋愛小説としてでも楽しんでもらえるけど、どこに自分が注目するかでいまの自分がわかるかもしれません」
「好きなことができるってこんなにいいことだよ、一歩踏み出して行動することで変わることもあるよ、というメッセージがあるように思います。ただ、主人公はやりたいこととやりたくないことがはっきりしてて、無理をしていない。背伸びしなくてもいいという捉え方もできます」
「新生活、不安に思っていないよという子もいると思う。そんな子に向けて選びました。学校っておもしろいやんという気持ちになる。一方、物語では嫌な人は最後まで嫌な人のまま。それもリアルでおもしろい。色々あるけど、ひとつ夢中になることを見つけるとおもしろくなってくるよというお話です」
【番外編】
戸井さんは、オススメの作家さんとして、梨屋アリエさんを挙げてくれました。「YAメインの作家さんで、『言葉の意味はわかるけど心がついていかない』という、頭と心と体がバラバラになる時期から目をそらさず、逃げずに向き合っている作家さんという印象です。梨屋さんの本は、自分の中のモヤモヤに形を与えてくれる。寄り添って、友達になってくれる本です」
戸井さんがYA中心の古書店を開いたのは、2015年のこと。本やマンガ、アニメがもともと好きだったという戸井さん。「子ども周辺の文化が好きだった」ことから、ボランティア・職員として児童館でも働き、長く子どもに接してきました。
そんな中、30代半ばで一冊の本に出会いました。
「チョコレート・アンダーグラウンド」(アレックス・シアラー著、金原端人訳/求龍堂)です。
「とある国のとある政党が、『悪いものをなくします』と言って政権を取ります。彼らの言う『悪いもの』とは、チョコレート。チョコレートを取り上げられた少年たちが反抗する話なんですが、チョコが自由の代名詞になっているのもおもしろい」(戸井さん)
その物語に心奪われた戸井さん。著者のアレックス・シアラーさんと、翻訳者の金原端人さんを調べたところ、YAというジャンルがあることを知ります。「YAにあたる年代のキリキリした感じに魅了されていった」
「いつか古本屋になりたい」と思っていた戸井さん。ミステリーを中心にそろえることも考えましたが、やはり「子ども周辺文化」というものへのこだわりがあり、YAを中心にした店作りをすることにしました。
YAといっても様々なジャンルがあります。戸井さんは「この本を10代に薦めたいと私が言えば、それがYAになる」と話しますが、YAの普及を目指す13の出版社からなるYA出版会も「読書の楽しみを中高生に伝えたい一心で『こんな本あるから読んでみない?』という活動を続けているのがYA出版会です」としています。
つまり、YAは小説やノンフィクションなどのジャンルの縛りがありません。その中でも戸井さんは「壮大なウソが好きなんです」と、店内にはファンタジーなどの物語作品が多めです。「ミステリーとか中二病的なもの、自分じゃないものに自分を投影できる作品を扱いたいんです。10代は自分自身を肯定するよりも、理想を肯定したいということもあると思うんです」
そして、戸井さんは「避難所としての『本』」を提案します。
「どんな形でも人には逃げ場が必要です。場所だけじゃなくて、本やスポーツ、映像作品…なんでも。そこに意味は持たせなくて良いんです。意味を持たせるとそれが現実になってしまうから。逃げ場っていうと、マイナスに聞こえるけど、避難所みたいなイメージですかね。そのひとつに『本』もあるよと言いたいです」
小学5年生の2月に転校を経験した戸井さん。「すでに人間関係ができあがっている中に『空いている場所』なんてなかった」と、休み時間や長期休みを図書室で過ごしたといいます。その経験も「本に避難する」という考えにつながっています。
「大人の役割は、この世は楽しいことであふれていると伝えることだと思っています」と戸井さん。
「しんどいことがあるって子どもは言わなくたって分かっているし、子どもだってつらい。そしてそれが自分だけじゃどうにもならないこともわかっているはずです。子どもは時代は修業時代でもなんでもないんだから、一日一日大切に過ごしてくれたらいいと思います。しんどいときは大人をちょっと頼ってくれていい」
「大人はおもしろいことを知っています。子どもたちも『おもしろい』をみつけてほしい。つまらなかったら…忘れたらええねん」
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