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会社にマンガ、ふせんペタペタ…発達障害の社員3分の1 会社の狙い
社員30人のうち、発達障害のある社員が9人いる会社が神戸市にあります。20代前半から30代前半の若手で、いずれも正社員として他の社員と基本的に同じ業務を担っています。コミュニケーションがうまくとれなかったり、作業を覚えるのに時間がかかったり――。障害の特性で苦手なことはありますが、得意なことを仕事につなげようと模索しています。5年前から発達障害のある若者の採用に取り組み、ともに働くなかで、気づいたことを代表取締役の今井真路さん(46)に聞きました。(朝日新聞大阪社会部記者・沢木香織)
運転免許合宿や留学の紹介事業を手がける「I.S.コンサルティング」(神戸市中央区)が、その会社です。ワンフロアのオフィスには、利用客からの電話がひっきりなしにかかり、社員はパソコンに向かって忙しそうに働いています。
今井さんは起業して7年目の2013年、発達障害のある社員の採用を始めました。
「起業時から、社会的に弱い立場にある人を応援したいと考えてきました。働く場所をつくることでそれを形にできないかと考えました」
それ以来、新卒の大学生や就労移行支援事業所で就職に必要な知識やスキルを学んだ若者を、毎年1人~2人採用してきました。
しかし、最初はどう接したら良いか戸惑いました。
採用した社員は、作業を覚えるのに時間がかかったり、コミュニケーションを取ることや字を書くことが苦手だったりと、異なる特性を持っていました。他の社員からも「どう接したら良いんですか?」という声があったそうです。
今井さんは、他の社員には「気をつかい過ぎないようにしよう」と呼びかけました。ところが、自分自身が障害のある社員への対応と、他の社員への対応を無意識のうちに分けていることに気づき、もやもやした気持ちになったことも。
「普段、社員を呼ぶときは親しみを込めて名字を呼び捨てにして呼ぶことが多いのですが、障害のあるメンバーには『君付け』で呼んでいたんです。どこかで『傷つけないように』と気をつかい過ぎていたかな。障害の特性の知識も少なく、どう接したたら良いのか、私自身もわからなかったんです」
小さな工夫や、特性への見方を変えたりすることが、発達障害のある社員の働きやすさにつながっていきました。
発達障害の社員は、初めて取り組む作業を覚えるのに時間がかかりやすいという特性があります。例えば、社員の大事な業務のひとつに、顧客に資料を郵送する作業があります。顧客によって封筒に入れる資料が異なり、覚えるのに苦労する社員がいました。そんなときには、一気に覚えようとせず、作業のポイントをふせんにはって見える化するなどして進めると、覚えることができました。
そしてひとつひとつの作業を丁寧に確実にやるため、結果的にミスが少ないことにも気づきました。
コミュニケーションを取るために役に立ったのが、休憩室に置いたマンガです。「勤務時間よりも、休憩時間の方が何を話して良いかわからず緊張する」という社員がいたため置いてみたところ、マンガが会話のきっかけになったのです。
社員自身も工夫を見つけていきました。2016年に入社した前田高志さん(25)はもともと、相手の気持ちを推し量ることが苦手。「報告、連絡、相談」を上司にいつ切り出したら良いのかがわからず、最初は悩みました。
そこで、先輩社員のアドバイスを受けて、昼休み明けなど上司の手が空きやすいタイミングに、相談の時間をあらかじめ設けてもらうことにしました。上司に相談するときにあせらないよう、事前にチャットで相談したい内容を整理して送信しておき、それに沿って話をするとスムーズだということにも気づきました。
前田さんは、文章を書くことが得意です。会社のサイトに載せる文章を書く作業を任されており、サイトの更新も担います。就職前に7社でインターンを経験し、何が得意で何が苦手かを学んできました。前田さんはこう話します。
「これまでやってこられたのは、いろんな人にお世話になり、いろんな仕事に挑戦させてもらえたからです。これから就職する人たちも、色んなことに挑戦してほしいです。自分自身も、ウェブの記事をより良いものにできるよう挑戦していきたい」
今井さんと会社の挑戦は途上です。
数年前、発達障害ではない社員数人が、立て続けに退職しました。退職の理由はそれぞれですが、今井さんは「『障害のある人を雇用する会社』として認知度が広がっていましたが、『全員を大切にする会社』でなくてはならないと気づきました」と話します。
それからは1カ月に1回、全社員が各持ち場の上司と相談できる時間を設けることにしました。それまでは業務の目標達成に向けた面談という位置づけでしたが、より気軽に普段の悩み事を相談できる場に変えました。
そして「いま最も悩んでいる課題です」というのが発達障害のある9人のうち1人が、1年ほど前から会社を休んでいることです。
この社員は大学時代、精神的に不安定になって通えない時期があったものの、入社してからは生き生きと働いていました。ところが入社3年目を過ぎた頃、急に外に出ることが難しくなり、会社を休むことになってしまいました。
「本人や家族、会社だけでは対応が難しいケースもあります。専門知識を持つ医師らとの連携が、必要だと感じました。また、社員ががんばり過ぎてしまう前に、困ったことがあれば言い出せるようにしなければいけないと感じました」。
今井さんは「利益を上げること」にこだわります。ある社員の母親が「自分が先に死んだら、子どもが生きていけるか心配です」と言うのを聞き、その思いを強くしました。
「『障害のある人を積極的に採用しているけど、利益が上がっていない』と思われたら、ロールモデルになりません。色んな会社に『うちだって採用できる』と思ってもらえるようにしたい」
「特性でできないことはありますが、集中力や記憶力が優れていたり、イラストや文章が得意だったりとできることもたくさんあります。成長する姿は、他の社員への良い刺激にもなっています。凸凹な部分もありますが、全部そろっていなくてもいい。みんなの良さを合わせて力になれば良いと思うんです」
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