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恋愛感情がわからない…性的関係のぞまない「アセクシュアル」
「アセクシュアル」という言葉を聞いたことがありますか? 「sexual(性的な)」の前に「無」を意味する「a」が付いた単語からきていて、恋愛感情の有無にかかわらず他者に性的にひかれることがない人のことを指します。「LGBT」という言葉は広まってきたけれど、アセクシュアルの認知度はまだ低いまま。当事者には悩んでいる人も多いそうです。アセクシュアルを自認し、11月に都内でイベントを開く中村健さん(21)にお話を聞きました。(朝日新聞記者・山本奈朱香)
まわりの人たちは、自分が他人を「大切だ」と思う気持ちとは違う気持ちを持っているらしい……。中村さんが微妙な違和感を覚えたのは中学生の時でした。まだ、それが「恋愛感情」といわれるものだということも知りませんでした。
きっかけは、仲が良かった女の子からの告白。「付き合って」と言われ、「いいよ」と答えたそうです。
「買い物の誘いかと思って。マンガみたいなノリなんですけど」と振り返ります。自分でも気づかないまま、「お付き合い」が始まったことになっていました。
でも数カ月後、彼女は離れていきました。
「なんでだろう、悲しいな」と思っていると、共通の友人から「恋愛関係になってるのに進展がないからだよ。なかけん(中村さん)が悪い」と言われてしまいます。
「恋愛」が分からないことと、大事な友人を失ったこと、二つのショックを感じました。
でも、友人に話しても「ありえない」と受け流されてしまいます。周囲が恋の話で盛り上がる中、黙ったり、その場を離れたりしてやり過ごすしかありませんでした。
17歳の時にはアルバイト先の上司から「恋愛しないなんて、人間じゃないみたい」と言われました。
自分には問題があるのかも。病気なのかな……。そう思ってインターネットで調べると、「アセクシュアル」という言葉に出会いました。
「これだ」と直感。自分だけじゃないんだ、と安心したそうです。「それまでは『平気』と思っていたけど、言葉を知ってみると、思っていた以上にしんどかったんだろうな、と思いました」
ただ、アセクシュアルの中にも様々な人がいます。
「アセクシュアル=恋愛感情を抱くことができない、かわいそうな人」と見られることもありますが、中村さん自身は、「精神的に支え合える、生涯を歩めるパートナーが欲しい」と思っています。
でも、性的な関係は望んでいません。「なんで恋愛感情がないの?」と問われると、「自分なりに思っている『大事』という感情」を否定されたような気持ちになるそうです。
性行為については、「求められたら出来てしまう、という感覚はある」そうです。
ただ、「感情もこもってないし、自分は楽しめない。それはコミュニケーションが取れていないということ。心が病む気がするので、出来ないし、したくない、という感覚があります」。
中村さんはアセクシュアルであることを公表し、ユーチューバーとしても活動しています。
他の当事者と出会って話してみると、自己嫌悪に陥ったり、「自分には何かが欠落している」と感じたりしている人が多いと気づきました。
社会に広がっている「恋愛することが当たり前」という前提は、アセクシュアルな人たちの心を殺しているのでは、と感じるそうです。
アセクシュアルの人同士で話すと「よくある!」と盛り上がるのが、「恋愛のムード」が分からないことだそうです。
たとえば、大切だと思っている人と遊園地に行き、夜景を見ているとします。
中村さんにとっては「その人と夜景を見ることに幸せを感じるし、すてきだと思うけど、夜景を見ているだけ」。
友人から「それっぽい雰囲気になったからキスした」などと聞くと、「それっぽい雰囲気って何?」と思ってしまうそうです。
相手から手をつながれてもキスをされても、「触れたな」と思う程度。「キスが、恋愛とか性的なものに結びつかない。ワンちゃんとキスするのと、あまり変わらないかも」
でも相手から見ると「そういう雰囲気になったのに、なんで先に進まないの?」と思われ、怒られることが多いそうです。
「恋愛的な想像力がまったくないので、人間関係を続けていく上で難しいな、と思ったりします」
将来への不安もあるといいます。
中村さんが相手を「大事にしたい」という感覚と似た感覚の人に出会えれば、恋愛関係は成立すると思います。でも、相手から性的な関係を求められると、難しい。
「この条件で関係を作り上げられる人がいるのかな」と考えてしまうそうです。
ただ、アセクシュアルの人たちで話していると、「どこまでが大切な友人で、どこからが恋愛なのか」という、根源的な議論になることが多く、「恋愛について考えて話し合うことで、お互い尊重できる関係性が自然に見えてくるのでは」とも感じるそうです。
実は、英語圏では10月下旬を「Asexual Awareness Week」としてアセクシュアルについて知ってもらおうという活動が始まっています。
中村さんも11月10日に都内でイベントを開こうと準備中。テーマは「あなたの『好き』と、わたしの『好き』、どう違う?」。
個々人の「好き」という感覚について話し合えるような場にして、普段はLGBTなどの話題に関心がない人にも気軽に参加してほしいそうです。
一般的に言われる「恋愛」をしない中村さんは、今の世の中ではマイノリティです。
「アセクシュアル的な『好き』とか『恋愛感情』を世の中の普通にしたいわけじゃないけど、それぞれがそれぞれの価値観を大事にしたままで生きられたらベストかな、と思う」といいます。
残念ながら今は学校でも職場でも「恋愛しないなんて信じられない」「結婚しないの」などと言われてしまうことが多く、マイノリティの生きづらさにつながっていると思うからです。
中村さんは、「社会で築かれた、恋愛や性愛に関する価値観に切り込めるイベントになれば。関心が一切無かったという人にこそ、おもしろさに気づいてほしい」と話しています。
中村さんと一緒にイベントを主催する三宅大二郎さん(27)は、大学院で北米のアセクシュアルについて研究していました。
英国で大規模に行われた調査では、「性的にひかれた経験がない」と答えた人は全体の1%いましたが、三宅さんは「性的にひかれた経験がない人に『性的にひかれた経験は?』と聞いても、答えは『分からない』となる。調査には限界があります」と話します。
イベントでは「アセクシュアルとは何か」ではなく、「アセクシュアルから見ると、この社会はどう見えるのか」について考え、恋愛について改めて問い直すきっかけになれば、と考えているそうです。
イベントは11月10日午後1時半から早稲田大学10号館109教室で。予約不要で参加費無料。
取材をした私自身、中村さんに会うまではアセクシュアルについて、言葉としての知識しか持っていませんでした。どのような悩みがあるのかについても、想像がつきませんでした。
お話を伺い、「恋愛」についていろいろ考えさせられました。私はこれまで、誰かを好きになり、相手も自分を好きになってくれたら、手をつないだりキスをしたりという流れになるのは「普通」だと感じてきました。
でも、それは私にとって「普通」というだけ。私はたまたまその流れに違和感を覚えなかったけれど、そうではない人から「それ、おかしいよ」と否定されたら悲しいだろうな、と思います。
LGBTをはじめ、多様な性の形があることが知られるようになってきました。
様々な人にお話を伺っていると、自分自身の価値観についても改めて考えさせられ、「こうでなければ」という縛りから外れることで、気持ちも緩む気がします。
私にとっての「普通」と、私の隣にいる人にとっての「普通」は違うけれど、お互いに「へぇ、そうなんだ」と淡々と受け止められる社会になれば、誰にとっても、もっと生きやすい社会になるのでは、と思いました。
アセクシュアルの人を知ることが、そんな社会に近づく一歩になればいいな、と思います。
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