連載
#37 平成家族
「精子つくれない」分かったら…離婚再婚、模索するパートナーとの形
不妊に悩むカップルのほぼ半数は、男性が原因にかかわるとされます。不妊治療に望みを託せる人たちがいる一方、いまの医療では打つ手がない男性もいます。どんな治療をしても、精子をつくることはできない――。そんな現実を突きつけられ、手探りで生きる男性を訪ねました。(朝日新聞記者・福地慶太郎)
中部地方に住む会社員の男性(36)は2014年秋、同い年の女性と結婚しました。
学生時代に野球をしていた男性と、バスケットボールをしていた女性。子どもができたらどんなスポーツをさせようか。夫婦はそんな話をしていましたが、子どもを授かることはありませんでした。
次の年の春、女性は不妊治療ができる病院に通い始めました。SNSには、ちょうど友人の妊娠や出産の報告があふれていた時期。焦りがありました。
女性の体に問題はなく、妊娠しやすい時期に性交する「タイミング法」を3カ月ほど試しましたが、うまくいかず、男性の精液を調べることになりました。
夏。仕事に行く前に採取した精液を、女性が病院に持っていきました。その日帰宅すると、男性は女性から検査結果を聞かされました。
「精子がまったくいなかったみたい」
ショックで頭が真っ白になりました。精液に精子がない「無精子症」の存在さえ、当時は知りませんでした。
その後、何度か検査を受けましたが、結果は同じでした。
そこで、顕微鏡で精巣を見ながら精子を探し出す手術を受けることにしました。精子がとり出せるよう、男性は、手術までの約3カ月間は生活を変えました。
専門家の書いた本を読み、精巣の温度が上がると精子がうまくつくれなくなると知り、お風呂につかるのはやめてシャワーだけにしました。熱がこもらないように、ボクサーパンツはやめ、トランクスに変えました。
女性も栄養素を意識して料理をつくったり、サプリメントを買ってきたりしてくれました。精子がとれたら、顕微鏡で見ながら卵子に注入する「顕微授精」をすると二人で決めていました。
女性は「あなたの次は私が頑張るから」と、寄り添ってくれていました。
秋。地元から離れた大学病院で、手術を受けました。全身麻酔から目を覚ますと、医師から伝えられました。「必死に探してみたんですが、だめでした」
女性が運転する帰りの車中、手術による激痛で後ろのシートで横になっていた男性は、泣きながら謝りました。「ごめんね」。女性は言葉少なでした。
男性は後日、精子のもとになる細胞がない、と医師から告げられました。現状では治療法がありません。「どんなにお金をかけて治療しても妊娠はできません。養子を迎えるか、精子提供をうけることを考えてみてください」
不妊の原因に男性が関係するケースは、約半数とされています。
射精した精液に精子がいない「無精子症」は、男性の100人に1人と言われます。精子は正常につくれているものの通り道に問題があるタイプと、精子をつくる機能に問題があるタイプがあります。ほとんどの人は、後者のタイプです。
手術で精子をとり出せる確率は、前者ならほぼ100%ですが、後者だと3~4割しかとれない、という報告もあります。
医師の診断を受けても、夫婦はあきらめきれませんでした。
手術で精子をとれなかった人が、ある医院で特殊な手術を受け、妊娠に成功した――。男性はインターネットでこんな記事を目にしました。ですが、相談した通院先の医師に「この医院は信用できない。やめてください」と言われ、断念しました。
新しい年を迎えると、女性が別の医療施設を見つけました。針と電気による治療で精子をつくる機能を改善させるとうたっていました。「せっかく見つけてくれたんだから、頑張らなきゃ」。そう考えた男性は治療を受けました。
春から半年間、2週間に1回、費用は1時間7500円。しかし、3カ月おきに精液検査を受けても、精子はいませんでした。
「どこにすがればいいのか、誰を信じればいいのか、分からなくなっていた」。男性は振り返ります。
「(子どものいる友人と比べて)なんで私だけ、こんなにつらい思いをしなきゃいけないの」「(不妊治療が続く)こんな生活はもう嫌」。女性は不満をぶつけるようになりました。
「私がほかの人と一緒になって、子どもを産んで幸せになってほしいと思わないの?」。ある日、離婚を切り出されました。
不妊の原因は自分にある――。そう思うと、男性は返す言葉がありませんでした。
12月。ささいなことでけんかになり、再び離婚を持ち出されました。「離婚は納得してくれたのか」「離婚はしたくない」「もう無理だから」。言い合いになり、男性は泣きながら荷物をリュックにつめて、家を飛び出しました。
「こんなに頑張ってきたのに。あの日々は何だったんだろう」。実家に戻った男性は眠れない夜が続きました。
女性の意思は固く、離婚にいたりました。
男性は年が明けると、趣味だったマラソンに打ち込みました。悔しさをはらし、悲しみを乗り越えたい――。春に出たフルマラソンで自己ベストを更新。気持ちも次第に前向きになってきました。
7月。友人同士の飲み会がきっかけで、小中の同級生だった女性と連絡を取りました。「奥さんとはどう?」「実は離婚したんだ。不妊の原因が俺にあってね」。昔から知っている女性への安心感と、互いにバツイチということもあり、すぐに打ち明けたといいます。
ふたりで会うようになり、距離が縮まってきたころ、男性は女性にこう漏らしました。「精子がつくれない、こんな俺でいいの?」
「病人みたいに暗い顔して。そんなことは気にしないから、もう言わないで。また言ったら怒るよ?」。笑って、励ましてくれました。
「結婚してください」。今年3月。ふたりが好きなディズニーランドのシンデレラ城の前で、男性はプロポーズしました。「嫌です」。女性がいたずらっぽく言うと、互いに笑みがこぼれました。
それからすぐに提案されたのが、精子提供でした。事前に方法を調べてくれていました。「離婚のトラウマみたいなものを、一緒に払拭できたらと思ってるよ」
5月、女性の36歳の誕生日に婚姻届を出しました。「体のことを承知で一緒になってくれた。感謝しかない。精子提供でうまくいくか分からないけど、やれることはやりたい」
夫婦はいま、精子提供を受けようと準備を進めています。
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から公開しています。
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