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英語検定、替え玉受験の中国人が拘置所で語ったこと「報酬は…」
英語が苦手なことをプレッシャーに感じる人は少なくありません。中国では「英語熱」の高まりで、英語検定試験を替え玉受験させる組織犯罪が横行、日本で受験し、刑事事件になるケースも出ました。京都などで替え玉受験にかかわったとして、中国人の男性被告(30)が有印私文書偽造などの罪に問われました。「TOEFLほぼ満点」という被告と5月下旬、拘置所で2回面会。その手口から報酬まで……仕切り板越しのインタビューで語られたこととは?(朝日新聞京都総局記者・徳永猛城、高橋豪)
1回の面会は30分まで。被告とは、仕切り板越しに中国語でのやりとりです。会話の内容はその都度、立ち会いの拘置所職員に日本語で伝えながら進みました。替え玉受験の話は中国の実態や仲介業者、報酬などに広がっていきました。
現れた被告は鋭い顔つきで、記者の質問にこわばりながら、消えるような声で答えていきました。
――替え玉受験を始めたのはなぜか?
「香港で英語を使って仕事をしていたがうまくいかなくなり、会社を辞めた。『TOEFL』のスコアはほぼ満点。ニュースで替え玉受験のことを知り、検索サイトで『TOEFL 替え玉』と中国語で調べて業者に連絡をとった。その3日後、『タイで替え玉をしてほしい』とSNSに連絡が来た」
――中国での英語検定をめぐる状況は?
「欧米への留学熱が高まり、就職でも英語力が重視されていて、替え玉受験が10年ほど前からTOEFLで広がっていた。しかし、最近は監視が厳しくなり、ICチップ入り顔写真つき身分証を示す必要があって、試験会場に入り込めなくなっている」
――どのように替え玉受験をしていたのか?
「自分はTOEFLでの替え玉を3年ぐらい前から、数え切れないほどやった。東南アジア諸国のビザは中国のパスポートで取得しやすいため、主にタイ、マレーシア、ベトナムで。すべて別の中国人へのなりすましだった」
――報酬は?
「一番多いときで4万元(約68万円)。最初は1回で6千元(約10万円)だったが、監視が厳しくなるにつれ増えて、平均すると1万元(約17万円)。額は成績次第で、点数によりいくらと事前に決まっていた」
――今回、日本で受けたのはなぜか?
「ダイビング目的で沖縄に来たところに依頼がきて、軽い気持ちで引き受けてしまった。日本では起訴された3回分だけで、すべて『IELTS』(アイエルツ)。こんな大事になると思っておらず、後悔している。もう二度としない」
同志社大(京都市)を会場に1月にあった英語検定IELTSの試験。被告は、自分に似せた顔写真を貼った偽造パスポートを示し、別の中国人になりすましていました。
替え玉を依頼した中国人は事前に自身の顔写真を提出していたとされます。そのため、被告とその中国人の顔が似るように顔写真を合成させて貼っていたらしいのです。
試験官が写真の不自然さに気づくと逃げ出し、路上で取り押さえられました。その後、替え玉が発覚しました。被告は昨年10月、観光ビザで入国し、この試験翌日に帰国予定だったといいます。
京都地検は被告を有印私文書偽造・同行使の罪で起訴。大阪府茨木市の立命館大大阪いばらきキャンパスで昨年12月、東京都新宿区の東京富士大で今年1月にあったIELTSの受験も罪に問われました。
公判で被告は起訴内容を認め、「ウィーチャット(中国のSNS)で依頼がきた」と陳述。大阪会場で代役をした報酬について、「2万元(約34万円)」と明かしました。
これまでの調べでは、点数が高ければ高額な報酬がもらえるしくみだったといいます。
検察側は「1回の試験で2万元から4万元程度の高額の報酬が支払われること、偽造パスポートが事前に手配されていること、被告に身代わり受験を依頼し、試験の申し込みをしている仲介者がいることなどからすれば、組織的に行われたものといえる」「被告は繰り返し替え玉受験をしてきた旨供述していて常習性がうかがわれる」などと指摘し、懲役2年を求刑しました。
中国の実情に詳しい拓殖大の富坂聡教授(現代中国論)は「大学受験を中心に、替え玉が社会問題になっている。替え玉になる人はスナイパーと呼ばれている」と語ります。
どんな試験でも合格できる高いレベルの知識を持った人たちで、替え玉受験は最近、英語検定にも広がってきたといいます。
「闇のビジネスとして横行し、頼む方も受ける方も罪悪感が薄い。留学や就職に向けて英語力が足りない人と、英語力があり報酬を求める人をつなぐ仲介業が成り立ってしまっている」と教えてくれました。
5月23日、被告の判決が京都地裁であり、裁判官は「偽造パスポートを準備して計画性、組織性がうかがえる。成績が出されたものもあることを考えると、文書に対する公共の信用性を害する危険性は高い。高額の報酬目的で強い非難が妥当」として、懲役2年執行猶予3年を言い渡しました。判決は、被告は昨年12月~今年1月、IELTSで替え玉受験を3回し、解答用紙に別人の名前を書いた、と認定しました。
英語検定試験の実施機関は、不正に目を光らせています。TOEFLは試験の際、発音を録音し、留学後、実力に疑いが生じた場合、結果を見直すこともあるといいます。
IELTSは試験当日、受験者の指紋を採り、退室してトイレなどで入れ替わることがないよう照合していました。
しかし、パスポートの偽造などで最初から別人が本人になりすましている場合の対応は難しいです。広報担当は今回の事件について「詳細はコメントできない」と話しました。
不正をなくすことはできるのでしょうか。富坂教授は「顔認証や身分証のID化など対策は進んでいるが、良い成績がほしい学生やその親は受験のためにお金を払い、ありとあらゆる手を使うだろう。対策と不正は『いたちごっこ』になる」と話しました。
取材の中で被告の表情が変わったのは英語の実力に記者たちが驚いた時でした。少し笑って誇らしげに「小さな時から得意だった」と答えていたのが印象的でした。
仲介業者を検索サイトで調べたという話を聞いた時は、正直、「こんなに簡単に替え玉できるのか」と感じてしまいました。異国の地で逮捕、起訴されるという事態を一番、想像していなかったのは被告自身だったかもしれません。
2回目の面会の最後に、被告の言った「替え玉受験ができなくなっても、中国では留学熱がさめないので仲介業者は新たな不正の方法を考えるだろう」という言葉が心に残りました。
日本では2020年度から、大学入試センター試験の後継として大学入学共通テストが始まります。TOEFLやIELTSなどの民間試験も導入される予定です。公正な試験が確実に実施できるのか、不安を感じました。
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