話題
17人死亡の現場にいた日本人…学校でもタブーの「銃規制」立ち上がる
学校で銃が乱射され17人が殺害された現場に居合わせた日本人がいました。エンゲルバート美愛(ミア)さん(15)。この学校の生徒です。中高のサッカー部で一緒だった友達も命を落としました。今も銃規制の話題は政治的に敏感なアメリカ。人前に立つのが大の苦手だったという美愛さんは、銃があふれるアメリカ社会をなんとかしなければ、と声を上げはじめています。何が彼女を変えたのでしょうか。(朝日新聞ニューヨーク支局長・鵜飼啓)
美愛さんが通うのは、フロリダ州パークランドにあるマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校。日本では中学3年生に当たる1年生から高校3年にあたる4年生までの4学年、あわせて約3400人の生徒がいる大きな学校です。
マイアミから車で1時間半ほど北にいったところで、落ち着いた雰囲気の住宅地に囲まれています。恐ろしい犯罪が起きるとは考えにくい地域でした。
あの日までは。
事件が起きたのはバレンタインデーの2月14日。もうすぐ下校時間というときに、校内で火災報知機が鳴り響きました。
午前中にも訓練があったので、美愛さんは「また訓練?」と思いながら校舎の外に出たそうです。ところが、血相を変えた学校職員に「逃げなさい!」とどなられました。
わけも分からず逃げ出しました。隣のグラウンドと中学校を越え、さらにその先のショッピングセンターまで。
たくさんの生徒が逃げていて、避難に10分ほどかかったそうです。
このとき、美愛さんがいたのとは別の校舎で、乱射事件が起きていました。この学校を退学になった元生徒が、軍で使うようなAR15という半自動小銃を持って押し入り、無差別に撃ったのです。
事件が起きたのは、1年生の授業が多く行われる校舎でした。美愛さんも1年生なのでこの校舎でよく授業を受けていましたが、この時間はたまたま美術の授業で別の校舎に行っていました。
美愛さんがこの校舎にいてもおかしくありませんでした。
スーパーまで逃げたころには、乱射事件が起きたことが伝わってきました。
逃げながら、生徒の親と思われる女性が泣き崩れるのが目に入り、怖さがつのってきたそうです。
父親のリックさんが迎えに来てくれていました。「お父さんの姿を見つけたときには本当にほっとしました」
自宅に戻りしばらくのち、近所に住む同級生の家を訪ねました。この同級生は事件が起きたとき隣の校舎にいて、銃声など騒ぎが全部聞こえたそうです。すぐに逃げ出しましたが、「横を走っていた生徒が撃たれて倒れたのを見た。すごく怖かった」と話していたそうです。
少しずつ事件の情報が入ってくるうちに、スマートフォンのグループメッセージで「アリッサが撃たれて亡くなったらしい」という連絡が入りました。
サッカー部の仲間で、美愛さんとアリッサさんは学外で地域のライバルチームに所属していました。事件前日には2人のチームが対戦したばかり。アリッサさんはキャプテンとして活躍していました。
「ショックですごく悲しかった。前の日に一緒にサッカーをしたのに、次の日にはいなくなるなんて信じられない」
学校は事件から2週間休みになりましたが、犠牲者の葬儀が続いたり、CNNテレビが主催した銃問題を考える集会があったりと忙しかったそうです。事件のショックを和らげるため、心理セラピーも受けました。
学校が再開されても、すぐには授業は始まりませんでした。塗り絵をしたり、カードゲームをしたりして、友達を失ったショックを少しでも解消できるようなプログラムが組まれたのです。セラピー用の犬もクラスに1匹割り当てられました。
事件後、この高校の生徒の一部は銃規制を強化すべきだと訴え始めました。
丸坊主の女子生徒エマ・ゴンザレスさん、理路整然と語るデビッド・ホッグさんたちは全国中継のテレビに何度も出て、注目を集めました。こうした生徒の訴えのおかげで、銃規制を求める運動はかつてないほど強まっています。
ところが、学校の中ではあまりそうした議論は行われていないそうです。銃をめぐる問題は個人の権利にも関係し、アメリカでは考えが激しく対立する問題。社会の授業で先生が銃規制の話に触れたくらいでした。
美愛さんは友達のタイラーさんと銃規制について意見を交わすようになりました。学校ではなく、近くのホテルのロビーなどで話をすることが多いといいます。
「私たちのような思いを他の人たちにして欲しくないんです」。美愛さんはそう話します。
「まだ15歳だけど、できるだけのことをやりたいと思った」
高校生たちの呼びかけで3月24日にワシントンで「私たちの命のための行進」と銘打った銃規制を求める集会が開かれました。
タイラーさんが連邦議会(国会)に手紙を書いたことがきっかけで、美愛さんたちはこの前日、アジア系の議員連盟の人たちを前に話をすることになりました。
美愛さんの母親は日本人の由紀さんで、美愛さんは日本生まれ。すぐにアメリカに引っ越しましたが、リックさんの仕事の関係で日本にも数年間住みました。今も夏休みには日本に滞在し、学校にも通っています。
議員の前では日本の状況についても説明し、銃の危険のない社会のすばらしさを訴えました。
「母の国では店で(犯人が使ったような)半自動小銃は手に入らない。だれかがおかしなことを考えても、何十人も殺せるような武器を持っていないのです」
私たち記者は、アメリカで取材をしているうちに、銃の事件を当たり前のように思ってしまいがちです。
銃規制に反対する団体「全米ライフル協会」(NRA)の政治力が強く、これまでは「規制強化といってもどうせ動かないだろう」と思っていました。昨年10月にラスベガスで58人が犠牲になるアメリカ史上最悪の銃乱射事件が起きても、大きな変化はありませんでした。
ところが、今回は様相が違います。美愛さんも含め、高校生たちの動きはアメリカ社会を突き動かしつつあります。NRAの会員に特典を提供していた企業が世論の圧力を受け、提供を取りやめる動きが相次ぎました。
アメリカでは州ごとに法律が異なり、事件のあったフロリダは銃規制のゆるさで知られていました。
事件後、銃を購入できる年齢を引き上げることなどを定めた法律が出来ました。ワシントンでの「行進」には80万人もの人が参加しました。
今回の展開はこれまでとはだいぶ違うと感じています。
高校生たちの取り組みはまだまだ終わりません。美愛さんは今、タイラー君と一緒にウェブサイトを立ち上げようと取り組んでいます。名前と生年月日を登録すると、いつ有権者となって投票出来るようになるかを知らせるサイトです。
美愛さん自身、まだ投票できる年齢になっていませんが、社会を変えるには投票を通じて行動するのが大事だと考えるからです。
「銃の乱射事件は何回も繰り返されてきました。でも、今回は変わる予感がする」
最後に、日本の皆さんへのメッセージを聞いてみました。
「銃の規制が強化されるまであきらめません。皆さんの支援が私たちの勇気になります。あたたかく見守ってください」
1/19枚