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お金と仕事

五輪、2度逃して見つけた居場所 フィギュア中野友加里さんの決断

フィギュアのポーズをとってくれた友加里さん。現在はフジテレビで働く
フィギュアのポーズをとってくれた友加里さん。現在はフジテレビで働く

目次

 中野友加里さん(32)は、10代が中心と言われる女子フィギュアの世界で20代になっても第一線で戦い、24歳で現役引退をしました。引退後はフジテレビに入社。「あと一歩で五輪を逃した一人」という中野さんは、だからこそ「自分で自分の幸せを見つけないといけない」と思い、新しい道を切り開きました。転職が当たり前になった時代、中野さんに、セカンドキャリアの作り方を聞きました。(ライター・小野ヒデコ)

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「すぽると!」で活きた「準備力」

<元世界選手権日本代表だった中野さんは、24歳で現役引退。テレビ局に入社。生放送の現場でいきたのはフィギュア選手時代の経験だった>

 2010年にフジテレビに入社しました。1年目で映画のアシスタントプロデューサー(AP)となり、2年目で『踊る大捜査線 THE FINAL』(2012年9月公開)を担当。企画、撮影、宣伝と、幅広く仕事を経験することができました。

 映画は必ず公開日があります。それまでにしないといけないことを洗い出し、逆算して段取りをつけることは、スケートでの大会に向けての準備と本質は同じでした。

 その後、スポーツニュース番組「すぽると!」(2016年4月放送終了)の担当になったのですが、ここでもスケートで身に着けたスキルを無意識に応用していました。

 「すぽると!」は毎日、生放送でした。そのため、予想外のことを想定したり、先のことを予測して色々なパターンを準備したりする流れは、現役時代の試合時とほぼ同じだったんです。

 スケートの採点方式が減点方式から加点方式に変わってからは、0.01点でもポイントを稼ぐことが必須になり、この経験がニュースの生放送に役立ちました。

スポーツニュース番組「すぽると!」を担当した時には、試合時の準備を大事にするスキルがいきたという
スポーツニュース番組「すぽると!」を担当した時には、試合時の準備を大事にするスキルがいきたという

「不器用な人間なんです」

<試合中、頭の中で計算式がいっぱいだった中野さん。今、その経験は仕事にいかされているという>

 試合に向けて「このジャンプで失敗したらBパターンへ」、「その次のジャンプでも上手くいかなかったらCパターンへ」という具合に、パターンをいくつも用意していました。

 氷の上では余裕のある表情で滑りますが、頭の中は常に計算式でいっぱいなんです。私はつい頭で考えてしまうタイプでした。

 フィギュアスケート仲間の小塚崇彦くんに、「最初に頭で考えてしまうと滑れなくなってしまうから、体の感覚を大切にした方が良い」ってアドバイスされたこともありました。

 佐藤信夫コーチには「とりあえずやってみなさい」って言われていましたが、私自身はとても不安で、ゴールが見えない状態でスタートするのが怖い。それは今も変わりません。

 行き当たりばったりというのができない不器用な人間なんです。でも、論理的に考えて物事を進めたり、様々なパターンを予測して準備しておいたりする姿勢は、仕事をする上で役立っています。

「行き当たりばったりというのができない不器用な人間」だと話す中野さん
「行き当たりばったりというのができない不器用な人間」だと話す中野さん

五輪逃した「プライド」が分岐点に

<個人競技の経験と、組織のギャップに悩んだことも。会社に入って知った「妥協」の大事さ>

 フィギュアスケートは個人競技なので、気が強くないと勝てません。演技も技術も、常に自分の理想に近づけるよう努めていました。でも、会社に入って全てが自分の思い通りに進むわけではないことを知りました。

 「すぽると!」の時にお世話になった上司には、「今まで色々な部下がいたけど、女性の中で一番気が強い」と言われたことも(笑)。特に、納得しない時はそれが全面的に表情に出ていたようです。今はだいぶ丸くなったと思うのですが……。

 先まで予定を組んでも、その手前で予想外の出来事が起こるんですよね。時には妥協も必要ですし、それはスケートの世界だけでは知り得なかったことでした。

 私はオリンピックにギリギリの差で行けなかった選手の一人です。それを2回経験しています。振り返ってみると、オリンピックに出場したか否かで、その後の「プライド」が全然違ったのではと思います。

 先日、夫と話していた時に、「もしオリンピックに行っていたら、もっとプライドが高くなっていたと思う」と伝えると、「そしたら結婚してなかった」って言われました(笑)。そう考えると、そこが分岐点になっていたのではと感じます。

上司からは「女性の中で一番気が強い」と言われたことも……
上司からは「女性の中で一番気が強い」と言われたことも……

自分で幸せを見つけにいく

<プロデューサー業から経理へ。部署異動で新しい才能を発見>

 オリンピックに行けなかった時は、本当に悔しくて悔しくて……。この先どうやって過ごしていけばいいのかわからなくなったこともありました。

 その一方で、だからこそ「自分で自分の幸せを見つけないといけない」と思うようになったんです。結果的に、こうして仕事もできて、結婚もできて、子どもにも恵まれました。

 今年の4月には第二子が誕生予定です。もし、あの時オリンピックに出場していたら……。もしかしたら、結婚もしていないし、母親にもなっていなかったかもしれません。

 第一子出産の時は、産休と育休をとってから復職しました。現在はスポーツ業務部という部署で、主に番組予算などを管理する仕事を担当。9時半から15時半までの時短勤務で働いています。

 最初、電卓を使いこなせるか不安だったのですが、やってみたら庶務や経理の細かい作業が好きなことに気づいて。自分の新たな側面を知ることができました。母も同様の仕事をしているので、血筋なのかなとも思いました。

「最初、電卓を使いこなせるか不安だった」と振り返る中野さん
「最初、電卓を使いこなせるか不安だった」と振り返る中野さん

仕事をする理由は「自己成長」

<もうすぐ二児の母に。生活に変化があっても仕事は一生していきたい>

 全てがスムーズにいかないことは、仕事はもちろん、子どもから学ぶことが多いです。私は子どもの食事や授乳など、全て時間を決めてスケジュールを組んでいます。

 でも、上手くいかないことが多々あって。段取りは得意なんですが、臨機応変に動くのが苦手だなと感じることがあります。

 産休や育休の取得ができ、時短勤務も認められている環境にいるので、できるだけ長くこの会社で働きたいと思っています。もうすぐ二人目の子どもが生まれる予定なので、今年は生活に変化がありそうです。

 仕事はどんな形であれ、一生していきたいと思っています。その理由の一つは、「自己成長」ですかね。夫も私が働くことを応援してくれるので、これからも育児と仕事を両立した生活が送れればなと思っています。

 あとは、21年間続けたスケートの縁は大切にしていきたい。今後は何らかの形でスケートの仕事にも携わっていきたいと思っています。

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