連載
#10 現場から考える安保
1機230億円、自衛隊最大の輸送機C2に搭乗 それで何運ぶ?
自衛隊最大の輸送機C2が始動しました。Blue Whale(青い鯨)とも呼ばれる最新鋭機の拠点は、あの妖怪漫画家・水木しげるさんの出身地。水木さんに思いをはせつつ、1機230億円する空飛ぶ巨鯨に乗り、一体これから何を運ぶのかを考えてみました。(朝日新聞専門記者・藤田直央)
1月31日早暁、鳥取県境港市の航空自衛隊美保基地。長さ、幅とも44メートル、高さ14メートルの「青い鯨」が、雪の残る駐機場で離陸を待ちます。C2です。この日は埼玉県狭山市の入間基地からの初の飛行任務で、そのために配備先の美保から入間へ飛ぶ約1時間、報道陣が乗ることができました。
国産の自衛隊の輸送機のうち、1973年から使われ古くなってきたC1の後継機が、1.5倍の大きさのC2になります。2017年度ではC1が14機、C2が8機。C1は今後さらに減りますが、C2は2020年度には13機になる予定です。「青い鯨」は美保基地でつけた愛称で、「大きい任務をやるぞという気概」を込めたそうです。
乗ってみると、際立つのは輸送機の大半を占める貨物室の大きさです。天井のかなり高い八畳間が縦に四つ並んだぐらい。報道陣は前日の30日にはC1で入間から美保へ行ったのですが、貨物室は小ぶりの旅客機なみで圧迫感がありました。C2の広さは段違いです。
C2のコックピットの後には、C1にない二段ベッドや電子レンジ、冷蔵庫があります。パイロットや、貨物担当の乗組員が機内で過ごす時間、つまり航続距離が長いためです。
C1が飛べるのは2.6トンを積んで1700キロですが、C2は20トンで7600キロ。C2は最高速度がC1より若干早くマッハ0.82なので、10時間ほど続けて飛ぶこともありえます。空中給油機から給油も受けられ、さらに遠くへ行けます。
長いフライトに対応すべく、C2の機能はエンジン以外も向上しています。安全運航のため操縦をコンピューターが補完。操縦席では速度や高度、機体の姿勢がHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)という画面一つで確認でき、メーターがぎっしり並ぶC1と違って見やすくなっています。
貨物室でも乗組員の負担が減りました。C1にはない電子制御装置を扱う一角があり、天候の変化や物資投下などに応じた燃料消費の現状や見通しやがわかります。広い貨物室の中はカメラ映像で確認でき、貨物で重さのバランスが偏ってないかもセンサーでわかります。
前方には文字が流れる電光掲示板もあります。輸送機の貨物室にはエンジンの轟音が響きます。乗組員は、互いの連絡では頭にはめる通話機器を使えますが、耳栓をしたほかの乗員に航行状況を説明したり、パラシュートで降下する隊員と事前にやり取りしたりする時、乗組員はフリップや手ぶりを使ってきました。C2では電光掲示板でわかりやすく情報を伝えられます。
C2の拠点、美保基地ではパイロットの養成もしています。46億円かけて導入した巨大なシミュレーターもあり、私は30日の取材で操縦席に座りました。窓にはCGで、美保基地を離陸してから吹雪の中海の上空を旋回する様子が映り、それにあわせてコックピットも前後左右に傾きました。2メートルほどの高さにあるシミュレーターの部屋を6本の柱が支え、その伸縮で部屋全体が動くのです。
ただ、最新鋭の航空機を使いこなすまでは試行錯誤です。昨年6月、美保基地の隣にあり民間と共用する米子空港でC2が滑走路を外れて草地に突っ込み、東京便3便が欠航するトラブルがありました。防衛省によると、コンピューターが操縦を補うC2の特性に、操縦士が習熟していなかったおそれがあります。
美保基地では昨年3月のC2配備から試験を重ねてきました。北村靖二基地司令は1月30日、初の飛行任務を前に振り返りました。
「生まれたばかりの赤ん坊を育てる気持ちで、基地一丸となって取り組んできた。ようやく一人歩きできる状態まで成長してくれた。それまでにはいろいろあり、赤ん坊じゃないが、何を言ってるのか、なんで泣いてるのかという感じでした」
1機230億円のC2をどう使うかはとても大切です。お値段だけではありません。自衛隊の輸送機の中で、最も重いものを最も遠くまで、しかも艦船よりずっと速く運べるC2の運用は、自衛隊を重要な局面でどう動かすかと表裏一体だからです。
C1や、C1より航続距離は長くても速度は遅い輸送機C130が担ってきた活動を、C2がより大規模にできることはもちろんです。国連平和維持活動(PKO)などでの陸上自衛隊の海外派遣、在外邦人の退避、そして東日本大震災や熊本地震でもみられた、大規模災害時の輸送です。
東日本大震災の時、私は沖縄勤務でしたが、遠い沖縄本島からも陸上自衛隊の車両約40台が被災地に向けどんどん運ばれました。その輸送は当時の自衛隊の能力では難しく、豪軍から派遣された大型輸送機C17が使われました。車両が何台も収まる体育館のような貨物室に驚きましたが、C2ならそれに近いことができますし、逆に海外の災害支援にも貢献できます。
ただ、日本政府がC2の使い道として強調するのは、同じ沖縄がらみでも逆方向の活動です。昨年の防衛白書には「主として島嶼部に対する攻撃のために導入を進めてきた」とあります。陸海空の自衛隊が連携する南西諸島防衛に生かそうという発想です。
C2導入で自衛隊の輸送機に積めるようになった装備として、防衛白書は地対空誘導弾PAC3や水陸両用車を挙げます。ただ、それらの空輸にC2を使う意味がどこまであるかは要検討です。
PAC3は、2016年には迎撃に備え石垣島や宮古島へ海上自衛隊の艦船で運ばれましたが、それは北朝鮮が弾道ミサイルを南へ撃つと予告していたからです。最近はミサイルを移動車両で運んできていきなり撃つので、C2で空輸してもPAC3配備は間に合いません。
水陸両用車の方は、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権を主張する中国を念頭に、離島奪還作戦での活用を想定。そこにはパラシュート部隊も加わります。丸茂吉成・航空幕僚長は1月26日の記者会見で「C2が完全な運用状態になれば、物資投下や空挺降下といった陸自への支援も含め、統合機動防衛力の向上が図れる」とし、そのための訓練を今年中に終えると述べました。
「物資投下や空挺降下」とは、陸や海からでは接近が難しい場所で作戦を展開するため、パラシュートをつけた陸自の空挺隊員やその活動を支える物資を輸送機から落とすことです。C1やC130でもこうした訓練をしていますが、いかに多く落とすかがものを言うので、C2に期待がかかるわけです。
この南西諸島防衛でいつも問われるのが、離島奪還作戦の現実味です。中国軍が日本の離島を占領できるほど周辺の海と空で優勢になってしまったら、その島にどう近づくのか。自衛隊は遠くから中国軍を牽制するためとして新たに長距離の巡航ミサイルを持とうとしていますが、中国軍もすでに持っており、にらみ合いにはなっても日本の優勢は保障されません。
自衛隊がこれからも、多くの島々からなる領土を守り、台風や地震など頻発する自然災害に対処し、海外でのPKOや災害支援にも出ていくのなら、C2の高い輸送能力は日本の財産といえます。島嶼防衛に使うとしても後方での空輸ならわかりますが、援護の難しい最前線に人員や物資を積んだ大型輸送機を送るのはリスクが高すぎます。
美保基地のある鳥取県境港市のJR境港駅には、「ゲゲゲの鬼太郎」が妖怪退治のため「一反もめん」に乗って飛ぶ様を描いた看板があります。2015年に亡くなった作者の水木しげるさんはご当地出身。21歳の時には太平洋戦争で召集され、今のパプアニューギニアのラバウルで米軍の空襲にあって左腕を失い、復員後に漫画家になって戦争の不条理を問う作品も残しました。
C2は何のため、何を乗せて飛ぶのか。広く深い議論が必要だと思います。1月31日午前、美保基地から入間基地に着いたC2は10時すぎに再び飛び立ちました。向かう先は硫黄島です。初の飛行任務というのは、太平洋戦争の激戦地へ戦没者の遺骨収集に向かう遺族ら約40人と物資を運ぶことでした。
1/20枚