連載
#6 現場から考える安保
ミサイル対応追われる海自空自、では陸自は?最大の訓練で感じたこと
陸上自衛隊が実弾を使う最大の訓練「富士総合火力演習」が8月最後の週末、静岡県の東富士演習場で公開されました。その迫力から人気が高い毎年恒例の夏のイベントで、今年の一般観客向けチケットの抽選倍率は29倍を超えました。中国の進出や北朝鮮のミサイルへの対応で海上自衛隊や航空自衛隊は忙しさを増すなか、陸自のあり方とは。今の陸自を取り巻く状況も見えてくるこの演習に行ってきました。
よく報道されるのは「昼間演習」ですが、実は前夜に「夜間演習」があります。8月26日の土曜夜。観客席のスタンドに登ると山麓の涼しい風が吹いていました。正面にある巨大な富士山は、山頂にある施設の照明でかろうじて輪郭がわかります。
富士総合火力演習を実施する中心は、陸自で若手幹部を育てる富士学校です。1961年に学生教育の一環として始まり、66年の初公開から数えて今年で59回目。陸自はその目的を「現代戦の火力戦闘を学生に認識させるとともに、陸自への国民の理解と信頼を深める」と説明しています。
富士学校の徳田秀久学校長が演習の準備完了を山崎幸二・陸上幕僚長に報告。
大型モニターとアナウンスで、訓練の内容や、夜間の活動に必要な装備について説明されます。一切の照明が消えた午後7時40分ごろ、演習が始まりました。
まず暗闇の中、暗視装置を頼りに砲撃。戦車などの車両を示す緑の光源が動き、赤い曳光弾が飛び交います。次は照明弾を使います。富士の裾野の地形と標的が浮かび上がる中、迫撃砲や機関銃も使って攻撃。最後に一斉に敵の戦車や歩兵などを攻める「突撃破砕射撃」があり、大小の破裂音が響き渡ります。約30分の夜間演習が終わると、スタンドから拍手が沸きました。
翌27日午前は「昼間演習」です。焼きそばなどの出店も並んでにぎわう人混みを抜け、昨晩と同じスタンドに着席。南北17キロ、東西11キロで本州最大という東富士演習場を見渡します。今回の演習会場がその一部に過ぎないことがよくわかります。
観客席を約2万4千人が埋めています。 全国各地の自衛隊や支援団体、在日米軍の関係者やその家族も目立ちます。「富士総合火力演習」のタオルなど関連グッズを身につけた人、国旗を手にする人、夏休みの親子連れ、迷彩のちゃんちゃんこに白袴のおじいさん――。スピーカーからは「君が代」をアレンジした行進曲などが大音量で流れていました。
「昼間演習」には、自衛隊員約2400人、戦車・装甲車約80両、各種火砲(大砲)約60門、ヘリコプターを中心に航空機約20機が参加。2部構成で、前半50分はこの演習の名の通り、陸自が持つ様々な火器での実弾射撃で「火力」を強調します。
遠、中、近と距離に応じ、自走式の大砲から小銃まで使って砲撃を重ねた後、対戦車ヘリコプターが現れてミサイルを発射。
続いて、導入された西暦年にちなむ名称の「74式」「90式」「10式」の戦車が4両づつ次々と登場。それぞれの特性についてアナウンスが流れる中、演習会場を駆け回って砲撃音を何度も轟かせ、観客を沸かせました。
ただ、この戦車を初めとする陸自の主要装備は、ソ連軍の北海道からの侵攻を想定していた冷戦が四半世紀前に終わってから、何のために使うのかが問われ続けています。それに答えを出そうとするのが後半40分の演習でした。
シナリオは、敵部隊に奪われた島嶼(とうしょ)の奪回。富士山の裾野を離島に見立てます。陸自が離島を攻めるには、海上自衛隊や航空自衛隊との「統合運用」による連携が必要ですが、そこはこの演習では大型モニターとアナウンスによる想像で補います。
海自の哨戒機P3Cなどと連携して離島に近づく敵の戦艦や潜水艦を見つけ、空自の戦闘機F2とともに攻撃しますが、それでも戦車など敵の一部に離島へ上陸され、占拠されます。F2は実際に現れ、耳をつんざくジェット音を響かせ、演習会場上空を横切りました。
そこから、奪回作戦の開始です。演習会場の「離島」にヘリを使ってオートバイなどで上陸した隊員らが偵察に向かい、敵陣地の状況を報告します。
それを踏まえ、まずヘリなどが、追って離島に運ばれた様々な火器と陸自隊員が加わって攻撃します。大型モニターでは、輸送手段として陸自が導入するオスプレイや水陸両用車AAVも紹介されました。
前半の演習と合わせて使われた弾薬は36トン、2億9千万円分。この最後の「制圧」の場面でも、観客席から2~4キロ先、山肌が露出している富士山麓の斜面に容赦なく撃ち込まれます。「だんちゃーく(弾着)、今!」という発声がスピーカーから流れるたび、砲弾の落ちた場所が光り、火薬と土の煙が上がり、しばらくして重い破裂音が届きます。
敵陣地の「制圧」のため戦車が次々と山麓へ突撃するのと入れ替わりに、様々な車両やヘリが観客席前に集まってきました。横一列に並んだ装甲車から一斉に撃たれた発煙弾がフィナーレのように火花を散らすと、スピーカーからラッパの音が流れ、離島奪回訓練は終了。観客席から再び拍手が沸きました。
2日間にわたり富士総合火力演習を見て、陸自のあり方についていろいろと考えさせられました。
まず、離島奪回訓練のシナリオの現実味です。想定する敵として特定の国名は示されませんでしたが、考えられるのは海洋進出にこだわる中国です。もし中国軍が東シナ海で日本の離島に戦車まで上陸させたら、その時点で周辺の制空権や制海権は日本にとって厳しい状況でしょう。そこから陸自が空自、海自と協力して部隊を離島に運び、奪回することがどこまで可能でしょうか。
もちろん、訓練の意義をそれだけで判断するのは酷でしょう。夜間演習や昼間演習の前半では、陸上自衛隊の「火力」の威力と精度をアピールし、広く報道もされています。それは国民の安心や他国への牽制につながるかもしれません。打ち上げ花火とは比べのものにならない発射音と破裂音に、観客席からは何度も「おおー」と声が上がっていました。
ただ、その火力を何に使うのか。この演習で花形だった戦車は、離島奪回訓練では海自のエアクッション艇LCACで運ばれると説明されました。先ほどのシナリオの現実味と裏表になりますが、それができるほど制空権と制海権を握って優位にある状況なら、戦車を離島へ運んでまで「敵を火力で制圧」する必要があるのか、という話になります。
演習前半では、陸自で最新式の戦車「10式」が素早く後退、蛇行しながら砲撃する場面もありました。「非常に難易度が高い」とのアナウンスで戦車の性能と操縦士の技量が強調されましたが、私には存在意義が問われる戦車の懸命のパフォーマンスに見えました。
陸、海、空の自衛隊の中で最大の予算と人員があてられる陸自には、もともと「費用対効果」で厳しい目が向けられがちです。さらに、昨今の中国や北朝鮮への対応で、領海や領空を守ってミサイル防衛も担当する海自、空自は忙しさが増しています。陸自が活動について一層の説明を求められている中で、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)をめぐり情報公開請求された文書を隠していた対応が先日明らかになったことは非常に残念です。
広大な演習会場の周辺では、この注目度の高いイベントの成功にかける現場の隊員たちの努力もあちこちで垣間見えました。それだけに、この演習を通じて、満場の観客が砲撃のすさまじさと部隊の練度に感嘆するだけでなく、砲撃はどこへ向いているのか、そのために陸自がどうあるべきかをより多くの人が考えるきっかけになればと思いました。
蛇足ながら、そのために観客席の一般募集枠を増やしてはどうでしょう。今年の昼間演習の観客は約2万4千人と記しましたが、うち一般観客向けチケットの当選者は約5100人。そこへ約15万人も応募したので倍率が29倍にもなっているのです。
今年は富士山がよく見えました。来年も天候に恵まれることを願います。
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