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イカだけ描く「イカ画家」の謎すぎる生態 バイト後ダッシュで水槽へ
よくランチに行く、鹿児島市の喫茶店でふと、ある女性店員に目がとまりました。ベレー帽にイカのバッジ、イカ柄のブラウス、首から下げているのはイカのキーホルダー……イカだらけ! 聞けば、イカだけを描いている「イカ画家」とのこと。んんん?イカだけってどういうこと? なぜイカなの? 「イカを描くので精いっぱい。他に目をむける余裕なんてありません」という謎の画家に話を聞きました。(朝日新聞鹿児島総局記者・島崎周)
「イカ画家」こと宮内裕賀(ゆか)さん(31)は、喫茶店で働きながら、毎日イカを描いています。
今まで作品として描いたイカは300点以上。スケッチなども含めれば、その数は膨大です。生態をリアルに表現したかと思えば、ファンタジーの世界へと見る人を誘い、イカへの愛でいっぱい。そして、1日に1回はイカを食べているそうです。
「イカを描くので精いっぱい。他に目をむける余裕なんてありません」。と…いわれても、ぽかんとしてしまいました。
宮内さんの暮らしぶりは、こんな感じです。
喫茶店のアルバイトで午後5時前まで働き、その後、週に1~2回は急いで近くの水族館へ。閉館時間の6時まで、イカの泳ぐ様子を観察して過ごします。スーパーで晩ごはん用にとイカを買って帰れば、まず解剖。ディテールのスケッチは欠かせません。
そして制作活動は、喫茶店の上階にアトリエ用に借りている2畳ほどの窓のない部屋で。午後10時ごろから午前4時ごろまで描いて、バイトの始まる午前11時まで睡眠という繰り返しです。
「描いている時はこれだ!って思うけれど、描き終わったら、ああ本物のイカはもっと美しいのにと思ってしまう。だからこそ描きたい気持ちが続くんだと思う」
どうしてそこまでイカにはまったのか。そもそもですみません! といいながら、生い立ちから話してもらいました。
宮内さんは、小さい頃から絵を描くことが大好きで、高校卒業後、鹿児島市内のデザイン学校に進学しました。
18歳のとき、帰省した実家の台所に置いてあったイカを見たそうです。
近所のおじさんが釣ってきたばかりのアオリイカ。
筋肉の収縮で、細かな黒い点が点滅していました。それまでは食べ物としてしか認識していなかたイカが、急に「生き物」として映ったそうです。
目や体の色と輝き。
「こんな生き物が地球にいるものとは思えない。宇宙人みたい」と一気に引き寄せられました。
「イカを描いてみよう」と思い立ち、後日スーパーでスルメイカを買って、アクリル絵の具で初めてイカを描いてみると「一番しっくりきました」。
「イカのおかげというか、イカのせいというか、それからはイカを描かずにはいられなくなりました」
まさに、運命の出会いとはこのこと?! それから10年以上です。専門学校の卒業後は、働きながらイカを描き続けました。
「イカを描いている」と人に言うたびに、「どうしてイカの絵を描くの?」「なぜイカなの?」と聞かれます。
自分にとっては、普通のことだったので、最初はショックを受けたそうです。
一方で、「みんなはイカの魅力に気づいていないのではないか」。
自分の中でイカの絵を完結させるのではなく、いろんな人に見てもらうことにしました。
イカの魅力を伝えるための発信は情熱的です。
イカをデザインしたグッズは、塗り絵やポストカード、マグカップやイヤリングなど。表紙に田んぼの上を飛ぶイカが描かれた「イカイカ自由帳」や、夜間に光るイカステッカーなど、ユニークです。
ツイッターでも、イカについて必ず毎日つぶやいています。
「イカを描いていたら落ち着く」
「イカあいたい」
「イカ画家とか言ってばかにされてるほうが良い」
「イカじゃないことにおもいなやむ自分が邪魔だはやく80歳くらいになりたい」
「イカを2次元にしておかないと苦しい」
ミミイカをかわいく描きたい #イカ画
— 宮内裕賀 (@miyauchiyuka) 2017年7月5日
2017.7.5にみた夢 https://t.co/RfzQBULBbF
ほぼ毎日、夢にもイカが出てくるそうです。ある日は、解凍されたエビとイカを仕分ける夢、ある日は、生きているイカが空中に浮いている夢……。Facebookやインスタグラムには、日付とその日見た夢の内容、そして夢に出てきたイカを描いて載せています。
イカ最強、イカを信じていれば救われる、イカ最高、イカサマ
— 宮内裕賀 (@miyauchiyuka) 2017年7月12日
2007年ごろからは、鹿児島県内のイベントなどで絵を販売したり、その場で描いたりするようになりました。次第に人脈が広がり、作品展の他にもイカにちなんだ場に参加する機会ができました。
12年には、福岡市のホテルオークラ福岡で、近くの美術館での個展に合わせて、イカメニューの料理を出すイカフェアを開催。
15年には、函館市で開かれた世界のイカ・タコ類(頭足類)の研究者らが最新の研究成果を話し合う「国際頭足類諮問会議」の会場でイカ作品を展示。会場で海外のイカ研究者から「あなたのイカだけを描くという精神はすばらしい」と絶賛されたそうです。
イカの専門家にも認められたなんて、すごいです。
宮内さんのイカの絵について、かごしま水族館(鹿児島市)の職員で、イカを含めた魚類担当をしている堀江諒さん(26)は、「いろんな色を使って、体の色を様々に変化させるイカの特徴をよく描いている。イカの美しさがとても魅力的に表現されている」と話します。
「宮内さんの絵を見ていると、どれだけ宮内さんがイカに魅了されているかが分かる。見ている人もイカに興味をもつきっかけになると思う」
実際に、月に1回、雑誌「モノ・マガジン」で「イカがなmono図鑑」という連載も続いています。
ちなみに一番好きなイカは、最初に衝撃を受けたアオリイカ。
目がエメラルドグリーンで、ひれをひらひらと動かす泳ぎ方が美しい。そして「甘くてまったりした味も最高です」。
宮内さんは、今春から新しいイベント「いかに似合うか イカ墨画」を始めました。
ふふっと笑ってしまうネーミングです。参加者が好きなイカや、その人に似合いそうなイカを、図鑑を見ながら一緒に決めて描くというもの。絵の具ではなくイカ墨を使うマニアックさです
6月のある日、一番のお客さんは、陶芸家の城雅典さん(37)でした。
「お好きなイカがあったら言って下さい」
「ホタルイカが好きです」
城さんがリクエストしたのは、頭にボリューム感があって、触腕がしっかりしているホタルイカ。宮内さんは、ひとひねりして、触腕に爪がついているという「ホイルホタルイカ」を選びました。
図鑑を見ながら、シャープペンで下書き。北海道から取り寄せたイカ墨パウダーを水で薄めながら、濃淡を調整して描きます。イカの体にある斑点や、触腕についている吸盤も細かく表現。約30分で横35センチ、縦45センチほどの作品に仕上がりました。
城さんは絵を見て、「かわいくて、かっこよくて、すばらしい」と感動した様子。「いつもは食べ物として見るイカに、『生き物』としてキャラクターを感じられる。自分だけのイカみたいでうれしい」。
ちなみに記者に似合うイカとして、宮内さんが選んだのは、「クジャクイカ」。
深海に住むイカで、目が大きく、細めで、肝臓以外はほぼ透明だそうです。目が大きいという記者の顔の特徴から、このイカを選んでくれたようです。ありがとうございます!笑
実は宮内さん、学生の頃から家にひきこもることが多々あったそうです。それが、イカを描くようになって変わりました。
「イカのおかげで出会えた人もたくさんいます」
活動を通じて、友達もできました。東京で開いた3年前の個展では、イカ好きな女子高校生と出会いました。今では東京に行くたびに水族館で会い、イカがいる水槽の前で語り合う仲だそうです。
「イカは宮内さんにとってどんな存在なんですか?」
そう聞くと、うーんと考え込む宮内さん。
ぼそりと「神みたい」。
「イカを描くの飽きないですか?」と聞くと、「飽きなくて困ってます」とはにかむ。
「イカを描くことは自分の生きがい。イカに出会えて、私は運が良かった」と笑顔を見せてくれました。
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