地元
やる気なし?いや満々 ゆるキャラしんじょう君の隣に このロンゲ男
皆さん、どこかでこのキャラクターを見たことはないでしょうか? 高知県須崎市の「しんじょう君」。市内の新荘川で最後に目撃されたニホンカワウソという設定です。2016年の「ゆるキャラグランプリ」で優勝したかわいさもさることながら、気になるのがいつもそばにいる長髪の男性。いったいどんな人? ということで、須崎市へ会いに行ってきました。(朝日新聞高知総局・佐藤達弥)
須崎市は高知市から西へ車で40分の太平洋岸にあり、人口約2万3千人。海の幸に恵まれた高知の中でも指折りのおいしい魚が味わえる街で、カツオや伊勢エビ、カンパチ、タイなどが名物です。
その男性は市役所にいました。守時健さん(31)。名刺を受け取ると、「元気創造課」とありました。市への観光やふるさと納税のPRなどを担う部署だそうです。
175センチ、62キロのスリムな体。この日の取材時は襟を立てたカーディガン、細身のパンツという服装でした。ゆるいウェーブの長髪は入庁2年目からだそうで、「市内の理髪店でパーマをかけてもらってます」。
何でロンゲなんですか。
「合理的だから」
口数は少なく、声のトーンも体温の低い感じですが、何でも答えてくれます。「髪形のおかげで僕が印象に残れば、しんじょう君を覚えてもらえる。もし市民課に配属されたら髪を短くしますよ」
守時さんの仕事は、しんじょう君の「通訳」ということになっています。公式ツイッターでつぶやく内容や、どんな時間につぶやけば多くの人が読んでくれるかなどもしんじょう君にアドバイスしています。
ほかにも活動計画づくり、公式ブログの執筆などを担っています。つまりはしんじょう君のマネジャー役。ゆるキャラグランプリで優勝してから、テレビCMへの出演などでますます多忙になりました。
ネット上には「しんじょう君のイケメンなアテンド」として、まとめ記事まであります。ご当地キャラ関連のイベントで、守時さんのグッズが販売されたことも。2017年5月には、ユニークな市井の人々を紹介する「日本テッパン遺産」(テレビ朝日系)でも守時さんが「やる気ゼロ⁉ ご当地ゆるキャラ紹介人」として取り上げられました。
ご当地キャラのファンたちにもよく知られた存在です。高知市の優勝パレードに神奈川県から駆けつけた40代の女性会社員は「見た目はアレだけど、すごく考えてる人」と言います。
理由を尋ねると、「ご当地キャラのスタッフどうしで仲良くなるのがうまい。ファンの顔も一人一人覚えていてくれるんです」。
守時さん自身はこう語ります。「ご当地キャラが集まるイベントに行くと、全てのキャラと付き添いのスタッフにあいさつして回るんですよ。交流が生まれれば、お互いの地元のイベントに出演したりして助け合えるから」
須崎市で2016年9月に開かれた「第3回ご当地キャラまつり」には、ふなっしー(千葉県)、ぐんまちゃん(群馬県)、バリィさん(愛媛県)など全国の約110体が集まりました。中四国最大級のご当地キャライベントともいわれ、しんじょう君が各地のキャラと交流を深めてきたことが功を奏しているようです。
しんじょう君はどんな性格なんですか。守時さんは「押しつけがましくなく、一緒にいてうっとうしくない。なんとなく居心地がいい感じですかね」。
具体的には? 「しんじょう君はツイートにリプライをくれるファンをちゃんとおぼえているんですよ。イベントで会ったファンがツイッターのアカウント名を名乗れば、なるべくその人が過去に投稿していた内容に触れて話をします。感激して、涙する人もいます」
単にそのキャラがかわいければいいんじゃないですか? そう尋ねると、「人どうしの関係はウィンウィンで成り立ってますから。一方的に特産品をPRするだけではだめ」。落ち着いた口調で語られるキャラ理論に、いつの間にか引き込まれている自分がいました。
チャラそうな外見、やる気のなさそうなしゃべり方からは想像できないファンへの心配り、考え抜かれた売り込み戦略。このギャップは魅力的です。でも、お役所的にロンゲはどうなんでしょうか。
楠瀬耕作市長(57)に聞くと、「ご当地キャラの売り込み戦略やマーケティングなど、色々な本を読んで熱心に研究している。ロンゲは公認です」。「長髪を何とかしないと」という声が届くこともあるそうですが、「型破りであることが新しい発想につながる」と見守っています。
ちなみに楠瀬市長は元高校球児で、私立高知高校から1977年夏の甲子園に右翼手として出場。市長になる前は、地元のタクシー会社などを経営していました。守時さんによると、「リスクがあればやらないというタイプではない。何割かの成功率があればゴーサインを出し、部下の背中を押してくれる上司」だそうです。
須崎市のPRに心血を注ぐ守時さんですが、実は岡山県倉敷市の出身。高校時代は「世の中をなめていて」、茶髪に短ランの学生服といういでたちだったそうです。「校則が厳しくて、学校に行っても教室に入れてもらえなかった」
仕方なくのぞいた図書室で、司書の先生がいろいろな本を薦めてくれました。村上春樹や東野圭吾の小説、経済学や物理学の本など手当たり次第に年300冊を読んだそうです。
高校を出てからは家庭の経済的事情で就職し、自動車工場の工員として働きました。その後、レストランのアルバイトなどで学費を稼ぎ、22歳で関西大に入学。在学中、友人との旅行で訪れたのが須崎市でした。
「イベントの会場で、酔ってステージに上がって歌おうとしたおばあちゃんが警備員に連れ戻されていた。ここの人たち、いつまでも学生みたいで楽しそうだなって思いました」
26歳で市役所に就職し、企画課(現・元気創造課)に配属。3カ月後、当時ブームだったご当地キャラをつくって情報発信することを提案しました。
当時、庁内には効果を疑問視する声もあったようですが、守時さんには今も忘れられない思い出があります。「しんじょう君の着ぐるみが市役所に届いた時、楠瀬市長から『守時、これで伝説をつくりなさい』と声をかけられた。あの時『はい』って答えたのを覚えてます」。
しんじょう君にはいま、約2万6千人のツイッターフォロワーがいます。ツイッターで市へのふるさと納税を呼びかけ、2016年度の納税額は約10億円。納税への返礼品の種類を増やしてきたほか、グランプリで注目を浴びたこともあり、14年度の約200万円から約500倍に増えました。しんじょう君の関連グッズも、これまで約6億円分が売れたそうです。
「しんじょう君を市の情報発信に使ってふるさと納税を増やし、観光客に来てもらう。市に財源をつくって子育て支援策などを充実させ、移住者を呼び込みたい」。こう守時さんは言います。
過疎化の波は須崎市にも押し寄せています。人口は1960年の約3万3千人から1万人減りました。守時さん、最終目標は何ですか? 「しんじょう君の働きで、最終的には生産年齢人口の増加につなげたい。市長のあの言葉があるから、『せっかくだから』と思ってやっています」
須崎の名コンビは今も年約150日間、県内外のイベントに「出張」しています。しんじょう君には毎年約1万通のファンレターが寄せられていますが、守時さん宛ても100通ほど交じっているそうです。
手紙の中には「忙しいと思いますけど、体に気をつけて」と気遣いの言葉も。「すごくうれしい。この人たちのためにやってるみたいなもの」。最後に、さわやかな笑顔を見せてくれました。
1/20枚