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「異議あり!」リアル法廷であり?なし? 弁護士「ここぞ!の時に」
「異議あり!」。ここぞという場面でビシッと相手を指さしてアピールする弁護人。ゲームやドラマの世界では、胸のすくような逆転劇の幕開けにも使われるシーンですが、現実の刑事裁判では「相手を威圧する、好ましくない作法」と言われています。とはいえ「今どきの異議」のやり方ってないのでしょうか? 弁護士や検察官に話を聞いてみました。(朝日新聞名古屋報道センター記者・仲程雄平)
法廷での異議の申し立ては、刑事訴訟法などで定められた手続きで、法廷の証人や被告に対し、誘導尋問があった場合などに使われます。
裁判での異議といえば、刑事弁護人らが「異議あり!」と指さし、証人のうそを暴く……。そんなゲームや映画のシーンを思い浮かべませんか?
ところが、日本弁護士連合会刑事弁護センターの研修では「やってはいけない例」として、教えているといいます。なぜでしょうか。
弁護士会では2009年の裁判員制度導入を機に、説得力のある効果的な話し方や作法などの研究を進めてきたそうです。
日本弁護士連合会刑事弁護センターは2013年以降の年2回、全米法廷技術研究所(NITA)の指導法を基にした弁護士向けの研修を開催。冒頭陳述や最終弁論などで裁判官らを説得するための「法廷技術」を研究しています。
研修は実演型です。冒頭陳述では、「最初の60秒間に興味をつかまないといけない」などと解説を受けた後、受講生が実演。講師が陳述の構成などについて講評するとともに、ボディーランゲージの効果的な方法や口癖を防ぐ方法などもアドバイスします。
法廷技術小委員会委員長の松山馨(けい)弁護士(埼玉弁護士会)によると、研修の「異議」のコマでは、講師が実際に尋問をして、受講生が異議を言います。聞き手である裁判官らの気持ちを中心に考えると、指さすのではなく、「ルール違反を的確、冷静に指摘する方が優れている」と教えているということです。
刑事弁護の経験が長い愛知県内の弁護士も「『異議を述べる時は紳士、淑女たれ』と若手に教えている」と話します。「誘導尋問です」や「誤導です」のひと言だけでは裁判員に伝わりにくいため、異議の理由を丁寧に説明するようにしているそうです。「異議が出ると審理が止まるので、『ここぞ』という時に述べている」と明かしました。
効果的な異議によって検察官の質問を変更させたり、撤回させたりすることができるといい、「尋問がうまい先輩と共同で弁護することで異議の申し立てが上達し、いろいろな戦術も身につく」のだといいます。
対する検察官の世界はどうでしょうか。2月中旬の名古屋地裁。タリウム投与事件の裁判員裁判で、弁護人が証人に質問している時でした。
「異議あり!」。女性検察官の鋭い一声が法廷に響きました。検察官は立ち上がると、伸ばした手を弁護人に向けました。
質問が弁護人の考えの「押しつけ」になっているという指摘です。裁判長は異議を認め、弁護人は質問を打ち切りました。法廷内には、武道で「一本」を取った時のような余韻が残っていました。
名古屋地裁に連日足を運び、メモを取りながら熱心に傍聴している名古屋市名東区の男性(70)に聞くと、印象では「争点があって緊張感のある裁判や裁判員裁判で異議が出ることが多い。『異議あり!』と言う検察官は突っこみが鋭い気がする」といいます。検察官ならOKなのでしょうか。
検察官が法廷技術などを学ぶ法務総合研究所(法総研)の清野憲一・研修第一部長によると、法総研では異議に絞った研修は設けておらず、公判技術指導の一環として実施しているということです。研修期間が限られているため、異議だけに時間は割けないのだとか。
異議は、違法・不当な尋問がされた場合に、裁判所にその制限を求めるものですが、主張や証拠、証人の性格の違い、裁判員裁判かどうかなど、実際は裁判ごとに状況が異なるため、「その『呼吸』(異議を申し立てるタイミング)を研修で教えるのはなかなか難しい」と話しました。
ある検察幹部は異議について、「昔は『とにかく立ち上がれ。瞬発力だ。理由は立ってから考えろ』と言われた」と話します。ですが、清野部長は「威勢のいい異議が良いのではなく、裁判所に認められたから良い異議というわけでもない。内容的に証人尋問を止めるべきところで止めているかが重要だ。異議には尋問を中断させ裁判員の集中力をそぐ側面もあるので、真に必要なタイミングで申し立てることが大切」と解説してくれました。
逆に異議を申し立てずに、弁護人の不当な尋問を放置していたほうが、裁判員や裁判官らの心証形成で検察側に有利に働くこともあるのだそうです。
元裁判官で『刑事裁判の心』などの著書がある木谷明弁護士(第二東京弁護士会)は、「パフォーマンスをどうするかはそれほど重大な問題ではないが、威嚇的な異議は困る」と話します。
裁判官にとっても、異議に対する判断は「簡単ではない」ということです。証人尋問の時には「言っていることは本当かな」などと考えながら聴き入ったといい、突然異議が出て「あれ、何て言ってたっけ」と慌てたこともあったといいます。
木谷弁護士は、瑕疵(か・し)がある証言でも異議が出なければ証拠となってしまうことから、「本当に必要なタイミングで適切な異議が出せているかが大事だ」と指摘しました。また、異議の根拠を言えない弁護士や検察官も中にはいるとし、「法曹全体が異議についてしっかり勉強する必要がある」と話しました。
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