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創刊50年「学ぶ人のために」 296冊で一番売れたのは「○○学」
「時代を先取りするような分野を選んできた」と編集者
「○○学」と名の付く学問って、世の中にはたくさんありますよね。年々、そのバリエーションも豊かになっているようです。京都にある出版社「世界思想社」が出している「学ぶ人のために」シリーズは今年、創刊から50年。学生や社会人向けの入門書として、これまでに296冊を世に送り出してきました。「時代を先取りするような分野を選んできた」と語る編集者とともに、過去のヒット作を振り返ります。
1967年刊行の第1作目は「法律を学ぶ人のために」。初期は政治、哲学、歴史などオーソドックスな分野が並びますが、次第にウイングを広げていきました。「研究の最前線と時代を先取りするような分野を選んできた」と編集部の望月幸治さん。
では、296冊のなかでとりわけ売れたのはどれなんでしょうか。ベスト3を紹介します。
哲学者の加藤尚武氏らによる編集で、代理母や精子売買など先端医療によって新たにもたらされる問題に人がどう対処すべきかを論じた1冊。「先端医療の影響を哲学的に論じることが当時は新しく、看護学校などでも広く読まれました」と望月さんは解説します。
バブル景気が始まった頃の刊行で、当時の社会を人間の危機状況ととらえ、人々の心理や行動について分析しました。「ちょうど心理学に注目が当たり始めた時期だったと思います」と望月さん。
これまでに25刷を重ねているベストセラー。刊行されたのは、多くの大学が一般教養の講義に文化人類学を取り入れ始めた時期で、その後も学生を中心に人気を集めたそうです。
「海外旅行が学生や一般人に身近になってきて、外国へ行く人の数が増えた時期とおおよそ重なるように思います。海外の文化に対する好奇心が刺激されて、そのニーズを満たす学問として文化人類学が受け入れられたのではないでしょうか」と望月さんは分析します。
累計の売り上げベスト10はこうなります。
1位:文化人類学を学ぶ人のために
2位:社会心理学を学ぶ人のために
3位:生命倫理学を学ぶ人のために
4位:日本語学を学ぶ人のために
5位:言語学を学ぶ人のために
6位:新版 社会政策を学ぶ人のために
7位:社会政策を学ぶ人のために
8位:倫理学を学ぶ人のために
9位:法律を学ぶ人のために
10位:新版 道徳教育を学ぶ人のために
売れている本にいずれも共通しているのは、教科書として使う学生たちだけでなく、一般の社会人にも広く読まれていることだそうです。しかし近年は「このシリーズのようなカタい本は、一般の人たちに読まれにくくなっているのを感じます」と望月さんは言います。
年代別にみると、直近の10年間(2007年5月~2017年4月)の売り上げ1位は「三訂 道徳教育を学ぶ人のために」(2009年)。政治の場などでも道徳について語られることが多くなったことを反映しているのでしょうか。
2位は前出の「生命倫理学を学ぶ人のために」。3位には伝統的な和本についての標準的な知識を解説した「日本書誌学を学ぶ人のために」(1998年)が入りました。
なんだかマニアックなにおいがしますが、「日本文学や日本史学、日本美術史、図書館学、博物館学など、古文書の解読が必要な学問にとって、くずし字を読めることとあわせて、古い本を扱えることは必須な技術。そのためのテキストとしてスタンダードなものになったということかと思います」と望月さんは説明します。
ちなみに4位は「嗜好品文化を学ぶ人のために」(2008年)。コーヒーやコーラ、酒、たばこ、音楽、ハチミツなど人が引きつけられるモノについて解き明かす一冊で、「朝日新聞の書評欄で取り上げられたり、大学の授業でテキストとして採用されたりしたことで一般に知られ、部数が伸びた」(望月さん)ということです。
ちなみに気になる売れなかったワースト3はこちら。
1位:「英語学史を学ぶ」
2位:「ヒューマンサービス調査法」
3位:「媒介言語論を学ぶ人のために」
こ、これは……。向学心の強い人でもなかなか興味を持ちにくそうな分野ですね。タイトルだけではどういう学問なのかもよくわからん……。専門家以外にはとっつきにくそうですね。
4月30日に刊行されたシリーズ最新刊はデジタル時代の新しい図書館のあり方などを考える「図書館情報学を学ぶ人のために」と「プラグマティズムを学ぶ人のために」。プラグマティズムは実用主義とも訳され、答えの見つかりにくい社会問題が山積しているいま、とにかくやってみようという考え方に注目が集まっています。
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