話題
日本らしさって何? 道徳で議論 わりと新しかった「神前結婚」
道徳教科書の検定で、読み物に出てくる「パン屋」が「和菓子屋」に書き換えられました。「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」という要素が足りない、との指摘があったためです。では、我が国らしさ、郷土らしさ、って何なのでしょう?
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道徳教科書の検定で、読み物に出てくる「パン屋」が「和菓子屋」に書き換えられました。「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」という要素が足りない、との指摘があったためです。では、我が国らしさ、郷土らしさ、って何なのでしょう?
初の道徳教科書検定をめぐり、郷土愛を教える読み物に出てくる「パン屋」が「和菓子屋」に書き換わったことが話題になりました。ツイッターには、「パン屋は日本らしくない?」「和菓子だって、まんじゅうは中国由来」などの戸惑いの声も。調べてみると「神前結婚式」にキリスト教の影響があったり、地域の昔話の元ネタがグリム童話だったり……。そもそも、日本らしさって何なのでしょう。専門家に話を聞きました。
実は、日本のパンは結構、独自性が高いものです。日本菓子専門学校(東京)でパン作りを教える鈴木信明さんは、日本のパンの特徴に、あんパンに代表される菓子パンや、総菜パンなど、種類が豊富なことを挙げます。
パンは欧米では、日本のご飯のような主食としての位置づけが強く、日本のようなバリエーションはないそうです。「日本に来た外国人が、『日本のパンって美味しいね』ということも多いです」と鈴木さんは言います。
西洋から来たパンのような新しい文化は、他にもあります。
神主さんが新郎新婦の前でシャンシャンとおはらいをしてくれる神前結婚式もその一つ。
「明治時代に、キリスト教の方式を意識して神道式のものが作られたとされています」と、 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の准教授、山田慎也さんは言います。
山田さんによると、江戸時代より前はそもそも、結婚式に神職が関わることはありませんでした。新郎新婦と親などの関係者が杯を交わす、という儀式が一般的でした。
それが、明治時代の初期から、主に神社関係者の間で、神前結婚式が試験的に行われるようなりました。
1900年(明治33年)、当時皇太子だった大正天皇が神前結婚式を挙げたことで、神前式の存在が一気に知られるように。翌年は日比谷大神宮(東京)が、新しい時代の結婚式のあり方として、神前式の模擬結婚式を実施しました。
これがきっかけで、地位の高い人たちを中心に神社で結婚式を挙げ、ホテルで披露宴をする、という習慣が定着。第二次世界大戦の終戦前には都市部を中心に中流家庭にも広がり、戦後は地方にも広がった、という歴史だそうです。
神前式が出来た時代はまだ、日本が開国して間もない頃。
山田さんは「西洋の先進国に匹敵する国家の格式を整えることが、急務になっていました。宗教色の薄かった日本の結婚式も、キリスト教に基づく西洋式の儀礼を神道に置き換え、神前式として新たに作られたと考えられています」と説明します。
白菜をめぐる食文化は、「輸入」をめぐる根拠も具体的です。
鍋料理や漬けものなど、和食の定番食材になっている白菜は、1875年(明治8年)に東京であった博覧会に中国から出品されたのが、公式に残る最も古い来日の記録です。
岩手大学農学部の由比進教授によると、この博覧会に出された白菜などをもとに改良が進められ、広まったのが現在の白菜。
「江戸時代でも、小松菜などを鍋に入れる習慣はあったでしょう。でも、白菜が和食に取り入れられたのは、明治以降でないと無理です」
地域で語り継がれている昔話が、実は西洋の童話に由来していた例もあります。
国学院大学兼任講師の大島廣志さんは1994年、群馬、福島、長野各県の一部に伝わる「大木丸と木の葉姫」という昔話が、グリム童話の「みつけどり」に由来することを突き止め、論文にまとめました。
その後、この話は岩手、新潟、大分県でも見つかっています。
明治・大正期は数多くの西洋童話が日本風に翻案され、出版されました。
「大木丸」を翻案した本は見つかりませんでしたが、「学校で先生が紹介した翻案の物語が、地元の昔話として残ったのでしょう。当時の人たちはおおらかで、面白いと思ったら地元か外来かの区別なく、語り伝えたのでしょうね」と大島さんは話します。
同様の例は、他にも10例ぐらい確かめられているとのことでした。
そして、和菓子にも外国からのルーツを持つものがあります。全国和菓子協会のサイトには、ちまきや羊羹、落雁が、中国に由来すると紹介されています。
さて、「日本らしさ」を巡って話題になった今回の教科書検定。問題の「パン屋」は、東京書籍の小1教科書に載っている「にちようびのさんぽみち」という文章にあった記述です。
小学1年生が近所を散歩し地域に愛着を持つ、というお話の舞台の一つでした。
検定では、教科書全体に対して、学習指導要領にある「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」という要素が足りないという意見が出されました。
これに対し、東京書籍が何カ所も修正した部分のひとつが「パン屋」→「和菓子屋」の書き換えです。
文部科学省の担当者は、「パン屋がダメなわけではない。和菓子屋に変えて良くなったかなど、個別のことは言えません。全体を通して適切な内容になったと判断しています」と話します。
では、どういうものが文科省的に「我が国や郷土の文化と生活」っぽいか、を聞いてみましたが、「定義は特にありません」とのことでした。
と、いうわけで、「パン屋」→「和菓子屋」の書き換えは、文科省が個別に指示したものではありません。ただ、関係者のやりとりの中で生まれたものではありました。
国学院大学准教授の民俗学者、飯倉義之さんは今回の一件に、「道徳教科書に関わる人たちが、日本文化とは何かを突き詰めようとしないまま、それを教育しようとしている」ように感じています。
飯倉さんによれば、日本の文化は「外から入ってきた文化を、風土や生活に合わせて自分のものにしていく」のが特徴。他の文化でも同じことはありますが、日本は特に積極的だそうです。
「ラーメンやトンカツなど、家庭で外国発祥の料理を作るような国はそうありません。今の社会の文化観は、都市で商業化している『日本』像だと思います。なんとなく『和』っぽいのが日本文化、という感覚では、本当の教育は望めません」
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