連載
#8 みぢかなイスラム
イランで進む「脱マッチョ」 意外と多い整形、鼻絆創膏がオシャレ?
「マッチョこそ至上」とされてきた中東のイランで、男性向けの美容が注目を集めています。エステ、美容院、日焼けサロンにタトゥー、整形まで。頑固に古い価値観を守ってきた社会に、変化の風が吹いているようです。
イラン社会はむき出しの男らしさを尊んできました。人気スポーツは1位こそ普通にサッカーですが、次いで支持を集めているのはレスリングや重量挙げ。理由は代表チームが強いからで、五輪でもメダルの常連です。
少なくとも数百年前から、イランには筋トレ道場が街々にありました。「ズールハーネ」といって、男たちが歌にあわせて重さ何十キロもあるこん棒や盾、弓などをかたどった器具を持ち上げたり振り回したりします。ペルシャ帝国(イランの旧国名)の戦士を鍛えていたトレーニングの名残だそうです。
今もレスリングや重量挙げが強いのは、そんな伝統があるからだと言われています。ボディビルの国際大会でもイランは好成績。アメリカン・コミックのヒーローになぞらえて「イランのハルク」と呼ばれるサジャド・ガリビさんは、まさにマンガのような筋肉の付き方で、国内外から高い人気を集めています。
というわけで、イランの男と言えば気は優しくて力持ち、線の太いタイプであることが良しとされてきました。
ところが、最近は大きく意識が変わってきているといいます。
20歳から40歳までのイラン人女性10人に、「ハンサムだと思うイランの著名人」を挙げてもらいました。支持を集めたのは俳優のバフラム・ラーダンさん、歌手のモハマドレザ・ゴルザルさん、やはり俳優のシャハブ・ホセイニさんら。みなさん細面です。
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外国人では、ジョージ・クルーニーさんやキアヌ・リーブスさんが人気を集めました。
街中のイケメンたちもチェックしてみました。スーパーのレジ打ち、ブティック店員、幼稚園の守衛さん……みなさんシュッとしています。なんだかお肌もキレイ。
「最近、メンズエステがあちこちにできているよ」。そう聞いて訪ねてみました。
首都テヘランの住宅街。一見ただの一軒家ですが、2階は男性専用のエステになっていました。大きな鏡の傍らにアメリカ、フランス、ドイツなど各国から輸入したクリームや香水などがズラリ。スタッフは全員が若い男性です。
「あなたの肌は額を中心に脂ぎっていますが、ほおなどは乾燥していますね。大丈夫、1カ月間に3回のお手入れをすれば見違えますよ」と店員のサファヴィさん。美顔コースは洗顔や美容クリームの塗り込み、たるみを取るマッサージなどをあわせ、1回150万イランリアル(実勢レートで約4500円)だそう。
眉毛やまつげ、ひげなどを整え、美容液を塗って粉をはたき、顔の印象を際だたせる男性用メイクは、通いで肌質改善から眉そりまで行うと1200万リアル(約3万6千円)。主に結婚式前の花婿が利用するとか。ヘアメイクは75万リアルから、日焼け用の機械の利用は9分120万リアルから。
サファヴィさんによると、「流行は細マッチョですね。大きな体に立派なヒゲという伝統的なスタイルも私はいいと思いますが、若い女性にはあまり人気がありません」。
下の階はジムになっていて、最新鋭のトレーニングマシンが並んでいました。午前7時から午後11時まで営業、週3日の利用で月240万リアル(約7200円)。専属のコーチがいて、体の絞り方を相談できるそうです。
エステだけではありません。
街で出会った学生のアリさんは、鼻に大きな白いばんそうこうを付けていました。「お金をためて、つい1週間前に手術したんですよ」とうれしそう。
これ、整形手術の跡です。料金は医師によって違いますが、10万円から40万円くらい。平均的な月給が4万円程度とされるイランでは大金です。
鼻にばんそうこうを付けた人は、男女を問わずあちこちで見かけます。イランの若者にとって整形は隠すものではなく、むしろステータスなんです。手術をしていないのに、手軽なオシャレとしてばんそうこうを鼻に付ける人もいます。ショーウィンドーにはばんそうこうを付けたマネキンまで。
国際美容外科学会イラン支部によると、整形手術を受ける人の3割が男性で、ここ5年ほど急激に増えているとのこと。施術の7割は鼻が対象で、高い鼻にあこがれる日本と違い、鼻の付け根を削って低くするのがはやり。一般にイラン人は立派なワシ鼻で鼻筋が通っていますが、鼻先がツンと上を向くような形にするんだそう。
このほか、美肌に効果があるとされるヒアルロン酸やボトックスの注射も男性に人気。タトゥーも普及していて、首筋、肩口、上腕などに文字や小さな模様を彫り込むのが主流です。
なぜ男性の意識が変わったのか。整形外科のエマーミ医師は「欧米の文化が流入した影響が大きいでしょう」と話します。イラン政府は欧米のテレビや映画の視聴を厳しく制限していますが、各家庭は違法に衛生放送を国外から受信。7割の世帯に普及していると言われています。
「単に欧米人の容姿にあこがれるというだけでなく、男性も見た目を大事にするべきだという価値観が導入されましたね」とエマーミ医師。
「男らしさ」を重視する伝統に加え、イランのイスラム法学者たちは、医療行為などを除き、自らの体を傷つける行為を禁じています。人の体は神からの授かり物だとされているからです。たとえば自殺は極めて不道徳な行いとして、イラン社会では話すこともタブー視されています。
整形手術も「おのれの欲望のために体にメスを入れるなんてとんでもない」と白眼視されていました。これに対し、医師らは「外見に起因する劣等感を取り除き、心を治療する行為だ」と正当性を主張。徐々に市民権を得ましたが、それでも医院は表通りに広告や看板を出すことはなく、クチコミやネットに頼っています。
イランでは「男らしさ」が法律で強制されています。たとえば同性愛は犯罪で、最高刑は死刑です。ただし、条文は「性器を挿入した側」と「された側」を分けています。前者への罰はむち打ち100回が原則で、死刑の適用は強制的に行った場合などに限られています。これに対し、後者は例外なく死刑。つまり、「男性なのに女性の役割をした」場合の方が、刑が重いのです。
男性のエステ通いやメイクにも「女のようだ」と根強い批判があります。メンズエステが外観から民家にしか見えなかったのは、顧客を守るためです。
イランは女性の就業率が男性の4分の1以下。妻は家庭を守るべきだとされ、夫の許可なく仕事ができないほか、夫が拒否すれば旅行もできないと法律で決まっています。国が男女の役割を縛っているのです。
一方で失業率は11%と高く、24歳以下の若者に限ると30%。これは公式発表の数字で、実際はさらに深刻だと言われています。結果、家族を養えないと結婚をあきらめる男性が急増。出生率の低下が社会問題になっています。
女性の抑圧は、男性への束縛の裏返し。女性が生きづらい社会は、男性が生きづらい社会でもあると言えます。イラン人男性の間で高まる美容志向は、そんな息苦しさへの静かな抗議なのかもしれません。
さて。せっかくなので、記者もいまどきのイラン人にならってみることにしました。と言っても整形やメイクはちと敷居が高いため、まずは髪形を似せてみることにします。
テヘランでも最新のショッピングモールに入居しているおしゃれな美容院で、無謀にも「いま若者の間で一番人気のある髪形にして」と頼んでみました。
その髪形とは、サイドを大胆に切り落とし、上部にボリュームを持たせたツーブロック。本当にあちこちで見かけます。
テヘランの下町にある理容店なら20万リアルで済むところ、4倍近い80万リアル(約2400円)を支払い、ぞりぞりとバリカンで刈り上げてもらいます。前髪をワックスではね上げ、できた!
うーん、なんか違う。岩山の上に草が生えてるみたいだ。わかった、顔が大きいから似合わないんだ……。
やっぱり土台が大事みたいですね。
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