お金と仕事
「なにひとつ成長しない忙しさ」の罠 佐渡島庸平の「採用ルール」
人気漫画『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などを担当編集者として手がけた佐渡島庸平さん(37)は2012年に講談社を退社し、作家エージェント会社「コルク」を起業しました。クリエイターが心血を注いで生みだした作品を、ITやネットを活用してより広く、遠くへ届けたいという思いからです。「新しい時代の編集者」を発掘しようとしている佐渡島さんに、IT時代の働き方の難しさと可能性について聞きました。(朝日新聞論説委員・藤谷浩二)
「コルクの初期の段階は、こちらからは積極的に発信していない採用情報を見つけること自体がひとつの試験でした。最近は多くの志望者が来るようになったので、今年は1500人ぐらいの学生にぼくが会って話を聞き、学生の考えをつかんで採用をしていきたいと思っている」
そんな学生たちや若手社員を見ていて、「本人は優秀なのに、なかなかアウトプットに結びつかないな」と感じることが増えてきたそうです。
「なんでかなあと考えてみると、情報量が多すぎて、優先順位がつけられなくなっているんですね。どれが原石でどれがジャンクかを見分けるには経験も必要ですが、それ以前に、もととなる情報が多すぎて混乱してしまう。ただただ長時間働いて、ひとつも身にならないということが起きている」
「個人同士のつきあいもそうです。昔は年を重ねるとコミュニティが切れて、昔の友人からは本当に重要なことだけ電話がかかってきたりしたのが、いまはFacebookやLINEで昔のコミュニティからの誘いが日常的に入ってくる。なにひとつ成長しないんだけれど、ずっと忙しいみたいな状態が続いている」
圧倒的な情報量と増えていく人間関係。それらに囲まれたなかで適切な情報処理をしていく生き方をみつけることに、若者だけでなく、社会全体が混乱しているのだと、佐渡島さんはみます。
そして皮肉なことに、こうした問題を解決する鍵も、実はITにあるのだと言います。
「4年間インターネットとは何かを考えてきて、旧来の企業とインターネット企業は行動原理が違うことがわかりました。うちのエンジニアが初めてやってくれたことは、社員の業務量が増えて疲弊しているなかで、それらを効率化するための改善ツールをつくることでした。そうやって作業を短時間で済ませ、大切な思考の時間を増やすことにつなげたのです」
「基本的には、生きるという行為も毎日改善の積み重ねじゃないですか。でも、リアルな世界は不便なので、日々の短距離走になってしまう。ITは日常のなかに入り込んで人を助け、励ましてくれるものだから、長距離走をできるようになる。ウサギとカメの話でいうと、ITはカメなんです。カメを助けるツールです。世間は、ITは楽して儲けられると思ってるけど、実際はその逆」
さらに佐渡島さんは、メディアやエンターテイメントの世界でも、ITによる大きな変化が起きつつあると指摘します。
「ネットの世界では確たるビジネスモデルを思いつかないまま、走らせながら考えるということが行われています。前例のない時代を生きているという覚悟が求められます」
とはいえ、悲観するよりも、新しい世界での挑戦にワクワクしているようです。
「これまではあるメディアや作品がクレジット(信用)をためるのに、歴史的な時間が必要でした。ネット上だと、新しいお客さんがすぐに過去の流れを参照できるので、それがどんどん早くなっている。たとえばコルクについても、ぼくという人間がどんな発言をしてきたか、その気になればすぐに調べて判断してもらえます」
「ピコ太郎のブームのように、YouTubeの視聴回数で海外でも売れていることが数値として実感されるし、これからは自動翻訳の発展とともに、海外へのコンテンツ発信も楽になっていくでしょう。個々のクリエイターと世界中のファンが直接結びつき、作品を発表できるような仕組みをつくるのが目標です」
コルクでは『宇宙兄弟』の小山宙哉さんや『ドラゴン桜』の三田紀房さん、安野モヨコさんといった人気漫画家や、平野啓一郎さんら第一線の作家のマネジメントをしています。さらに、新しい世代のクリエイターを育てようと、昨年12月から週1回、漫画の持ち込みも受け付け始めました。
「個人的には50年前、100年前と人間の考えは変わっていないと思いますが、ここまで行き交う情報量が違うと、もしかしたら少し変わってきているのかもしれません。若い世代とどんどん会って、耳を澄ませてみたい」
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