お金と仕事
伊勢丹バイヤーを動かした一人の主婦の熱意 アフリカ布バッグの奇跡
「バイヤーさんに会わせてほしい」。買い物の途中で思い立った一人の主婦が、伊勢丹のバイヤーに前代未聞の持ち込みをします。悩んだバイヤーは「ゼロか100」に賭けてゴーサインを出して……結果、即売り切れに。今では、定番商品になった東アフリカ・ウガンダのシングルマザーが作る「布バッグ」。1万キロをつないだ奇跡のリレーは静岡から始まりました。
バッグを生産・販売しているのは、静岡出身でウガンダ在住の仲本千津さん(32)が設立した「RICCI EVERYDAY(リッチー・エブリデイ)」という小さな会社(http://www.riccieveryday.com/)。ウガンダの首都カンパラに工房を持ち、本社は静岡市にあります。
ビジョンは「ウガンダのシングルマザーたちの生活向上と、お客さまへアフリカンテイストを加えた新たなライフスタイルの提案」。2015年8月にスタートし、今夏で2年になります。
それは、開業間もなくのこと。静岡伊勢丹(静岡市葵区)の婦人雑貨バイヤー(当時)石川尚志さん(48)は、1階インフォメーションセンターから風変わりな電話を受けました。
「あの、女性のお客様が売り込みにいらっしゃいました。商品をお持ちのようでして……」
その訪問者とは、地元の主婦・仲本律枝さん(59)。千津さんの実母です。自分の買い物に来ていましたが、「ここに、うちのバッグを置いてくれたらなぁ」との衝動に駆られ、受付の女性に「バイヤーさんに会わせてほしい」と直談判しました。
現在は紳士服を担当する石川さんは、「売り込みの電話はたまーにかかってきますが、直接来られる方は……まあ普通はいませんよね」と思い出し笑いします。
戸惑いながら律枝さんに会ってみた石川さんは、バッグを見て、最初は「ゼロか100かだな」と思いました。この類いの個性派商品は、極端に成功と失敗が分かれるそうです。
とはいえ、失敗しづらい定番商品が並びがちな百貨店にとっても、「少し冒険できる」商品は魅力的。バッグの品質は高く、価格設定も約8600円(当時。現在は約8700~12000円)と手頃だったため、「勝負できる」と踏みました。
9月半ばに1週間の催事コーナーで売ることになり、初日の午前中に用意した20個が完売。石川さんは「知られていなかったブランドなのに、想定以上に売れ行きがよかった」と満足げ。律枝さんの商社マンの夫は「押し売り」について「ビジネスのことを知らないから、できたやり方だよね」と苦笑いしました。
カンパラで働いているのは7人の女性。彼女たち全員が、20~30代のシングルマザーです。バッグは全て、ミシンや手縫いで一つずつ手作りされています。
ウガンダでは、シングルマザーはお金も仕事もなく、子どもが高等教育を受けられないことも多々あります。売春に手を出してしまう人もいるそうです。工房では、夫からの暴力や隠し妻、互いの属する「民族間のいざこざ」など、離婚した理由は皆それぞれ。しかし、「ウガンダの男は、金の管理ができない」という意見で一致します。
彼氏のいる一番若い20代のママには、皆で「絶対に妻がお金は管理した方がいいわ」とアドバイスをしています。
全員が、同じ子育てする立場。工房に子どもを連れて来るのも日常茶飯事で、皆で代わる代わる面倒を見ます。一方で、互いにフォローし合いながら、納期と品質はきっちり守る職人肌。「そんなに働かなくても、と思うこともあります。一番ぐーたらしているのは、きっと私ですよ……」と、工房を切り盛りする千津さんは少し恥ずかしそう。
千津さんは、紛争や難民、その温床となる貧困の解決に役立ちたいと、一橋大院まで研究の道を進み、ウガンダでは2014年6月から現地の農業支援プロジェクトに携わってきました。
しかし、起業家の友人たちと交流する中で、ビジネスを通した社会問題への貢献もあることを知り、アプローチを変えました。そこで考えたのが、シングルマザーに働く場所を作り、引いては子どもたちの教育を支援する方法。以前から、現地で魅了されたアフリカ布を買い、ワンピースなどに仕立ててもらってSNSに投稿すると、日本の友人たちから「超かわいい」と評判を呼んでいたとか。その布を使ってママたちにバッグを作ってもらい、日本で販売するビジネスを考案しました。
「柄が大胆で、斬新な原色が使われているのがアフリカ布の魅力。自分もワクワクできる方法で問題に貢献するにはと考えて、このビジネスに行き着きました」と千津さん。バッグのデザインは、バッグのデザイナーの友人らに相談して決めます。「(持つ部分などに使う)レザーの切り方」など27項目の検品ポイントも定め、品質にこだわっています。
さて販路は?と考えた時、千津さんが白羽の矢を立てたのが、母・律枝さんでした。
律枝さんは、大学卒業後、間もなく結婚して主婦になったため、ビジネス経験ゼロ。しかし、4人の子育て、PTA会長など「地域の顔」を18年にわたり歴任してきたバイタリティに、千津さんは一目置いていました。
「コミュニケーション能力の高さ、人脈の広さ、行動力を知っていたので、絶対に大丈夫と思いました。でも、あんなことまでするとは・・・」
笑いながら明かしてくれたのが、「伊勢丹事件」だったのです。
現在、律枝さんは(1)RICCI EVERYDAYの社長、(2)大学受験を控えた三女の子育て、(3)札幌へ単身赴任中の夫の面倒、(4)義母の介護という「4足のわらじ」を同時にこなしています。
オンライン販売の商品発送もしながら、毎月各地のデパートへ赴きます。催事コーナーの販売員を務め、長い時には10時間立ちっぱなしのことも。それでも「ほかの販売員さんや社員さんと友達になれて楽しい」とあっけらかんとしています。
「社長が工房を知らないのはよくない」と、今年7月にウガンダでの視察も予定。スカイプで「ママ」と呼んでくれる現地ママたちに会えると、ウキウキしています。
「世の中には、開花していない力を持つママたちは多いのかも」。千津さんは、底知れぬママパワーに、さらなる可能性を感じています。
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