連載
#6 みぢかなイスラム
イランの刑務所にあふれる離婚男性 一夫多妻制の甘くない婚約事情
男尊女卑が根強く残る国、イラン。男性は最大4人の女性と同時に結婚できるのに、女性は1人だけ。そんなイランの刑務所がいま、離婚をした男性でいっぱいになっているといいます。
連載
#6 みぢかなイスラム
男尊女卑が根強く残る国、イラン。男性は最大4人の女性と同時に結婚できるのに、女性は1人だけ。そんなイランの刑務所がいま、離婚をした男性でいっぱいになっているといいます。
中東イランは男尊女卑が根強く残る国です。たとえば、男性は最大4人の女性と同時に結婚できるのに、女性は1人だけ。原則として妻は夫の許可なく離婚できないのに、夫は一方的に離婚を宣言できます。ところが、イランの刑務所がいま、離婚をした男性でいっぱいになっているといいます。
中東各地のバザール(市場)には、ほぼ必ず貴金属店の並ぶ一画があり、いつも女性たちでにぎわっています。
イランの首都テヘランのバザールで、ネックレスを品定めしていたアニエ・パイヤブさん(30)は「もう結婚指輪は買ってもらったけど、メフリエを抑えたぶん、もっとおねだりしようかと思って」とにこにこ。新郎のハミド・シャリフィさん(42)と、しっかり手をつないでいました。
メフリエとは日本でいう結納金。イスラム教の聖典コーランに根拠があり、アラビア語ではマフルといいます。イスラム社会に広くみられる習慣で、妻に渡すものは現金、物品、不動産と様々。中にはコーラン1冊なんていうつつましいカップルもいるそうです。
ですが、イランでは金貨を使い、婚前には払わないのが通例。婚約時に双方の家族も含めて「離婚したら夫が妻に金貨×枚を払います」といった形で契約します。むしろ慰謝料に近いでしょうか。
メフリエに使われる金貨は1枚あたり約8.1グラムと決まっていて、いまの相場で3万円強。イラン・イスラム革命の立役者となった故ホメイニ師のいかめしい肖像画が彫り込まれています。
問題は金貨の枚数です。年々増えてきました。
5年前で「相場」は300枚程度だったそうです。それでも平均月給が4万円とされるイランでは大変な額ですが、その後、生まれ年の数を設定することが流行しました。
イランでは、西暦ではなくイラン暦を使います。今年2016年は、イラン暦の1395年です。つまり、離婚したら金貨を1300枚あまり支払わなければいけないことに。単純計算で約4000万円。月給4万円で計算すると83年分にあたり、もはや生涯賃金をはるかに超えてしまいます。
ただ、婚約の際に「離婚なんかしないんだから高額に設定しましょ」と言われて、断れる男性も少ないわけです。また、「あの子のメフリエは金貨1300枚なのに、私は500枚なんて、まるで私の価値の方が低いみたいだわ!」などという、女性同士の意地の張り合いも影響するとか。
結果、離婚に至った際、メフリエを支払えない男性の数が急増しました。
離婚した元夫が、約束した慰謝料や養育費を払わない。残念ながら日本でもよく聞く話です。ただ、コーランの教えに背く行為に、イランは甘くありません。支払えなければ刑務所に収監されます。
結果、イランの刑務所は離婚した男性であふれ、他の犯罪者を入れる場所がないというところまで社会問題化。さらに、メフリエ目当てに離婚を繰り返す結婚詐欺師のような女性まで出現する騒ぎに。
2013年の法改正で、メフリエとして請求できる金貨の上限は110枚までと定められました。また、少なくとも1カ月に1枚の金貨を払い続ければ、収監されることはなくなったということです。
もっとも、こうした問題の背景には、イラン社会が女性に厳しいことがあります。
10月26日、世界経済フォーラム(WEF)という団体が毎年出す、各国の男女格差を比べてランキングにした報告書が発表になりました。イランは144カ国中139位。前年より2つ順位を上げましたが、底辺をさまよい続けています。
最大の原因は、女性の就業率の低さ。就業者と求職者の割合を示す労働力率は、男性76%に対し、女性はわずかに17%。同じ調査で111位の日本が女性66%(男性85%)なのに比べ、圧倒的に少ないことがわかります。
そもそも女性の就職が難しい。離婚後の再就職はまして厳しいわけで、高額のメフリエには夫からの一方的な離婚を防ぐ効果や、乏しい社会保障を自前で補う側面があります。
そもそも、イランの法律は女性に対し、工場勤務や建設作業といった肉体労働を禁じています。そうでなくても、就職は官公庁も含めて能力よりコネで決まることが多く、女性には狭き門です。
また、「家庭を守ることこそが女性の仕事だ」とする考えが根強く残り、法律による裏付けもあります。女性は、結婚相手の夫が拒否した場合、仕事をすることができません。夫の許可なく旅行することすらできません。
2015年9月、イランのサッカー女子代表の主将、ニルファレ・アルダラン選手が、マレーシアで行われる国際試合に出場できなくなったことが大きく報じられました。理由は、「7歳の息子の入学式があるから」として夫が渡航を禁じたからです。
こうした法や習慣から、特に地方では離婚を不名誉とする傾向が強く、離婚をした女性は実家に帰ることもままなりません。
また、結婚ができる最低年齢は男性15歳に対し、女性は9歳。報道によると、15歳未満で結婚した女性は1年間に約4万人(2014年)にのぼり、教育の機会の喪失や人身売買に悪用される恐れが指摘されています。
そんな逆境の中で、イラン人女性はたくましく生きています。
イラン大統領府の女性・家族問題局によると、メフリエで金貨の枚数にこだわらない女性が少しずつ増えているそうです。
その代わり、結婚後も会社や大学を続けることや、子どもの教育や親の介護で妻が不利にならないような取り決めをするなど、法律で認められていない権利を契約として盛り込まれるようになっているとのこと。
今年2月にあった国会議員選挙(定数290)では、女性議員の数が従来の9人から17人へと倍増しました。WEFのランキングで日本に迫る日も、遠くないかもしれません。
ちなみに、冒頭にも書いたように、イランでは一夫多妻が認められています。ただ、統計は見つかりませんでしたが、少なくとも都市部では、ほとんど存在していないようです。
一夫多妻と聞くとハーレムのような状況を思い浮かべる人が少なくないでしょうが、そもそも、戦争などで夫を亡くした女性やその子どもを、余裕のある男性が救うための制度。時代とともに風化しつつあるのが実情です。
1/10枚