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不妊治療、妻に言いかけた「もうやめよう」 男も傷つく…心ない言葉
不妊治療を始めた夫婦。食事制限や毎日の注射など、負担は女性に偏る現実があります。一方で、女性に対してならばセクハラと非難されて当然の言葉でも、男性だと平気で言われることも。1年半、治療を経験した一人の男性の思いを聞きました。
「もうやめよう」。関西地方の30代の男性市議は今年5月のある夜、妻にそう話そうと心に決めていた。2年前から始めた不妊治療。排卵日に合わせて性交するタイミング法から、人工授精、体外受精とレベルをあげていった。
自分も妻も「体質的な問題はない」と言われていたため、「いずれできるだろう」と思っていたが、5回ほど挑戦した人工授精は失敗。2度目の体外受精を終えたときのことだった。
結婚後なかなか子どもができず、夫婦で話し合ってクリニックへの通院を始めた。「妻が35歳になるまで」「もしもどちらかに問題があったら、それ以上の治療はしない」。夫婦でルールを決めて臨んだ。
通院を繰り返しても、妊娠しない日々が続いた。「まただめやった」と気が重くなる。
市議という職業柄、地域での住民や議員の集まりに参加することは多い、おきまりのように「子ども、まだなん?」と聞かれた。結婚前は「はよ結婚しいや」という言葉があちこちから飛んできた。結婚したとたん、それが「子ども」に変わった。「女性だったら『セクハラ』と騒がれるような発言なのに」。男性に対する意識の低さを痛感した。
不思議と、身近な支援者は何も言ってこなかった。あとで、後援会の70代の女性が「子どものこと、言わんといたって」と周りに頼んでくれていたことを知った。その女性も子どもがいない。子どもを生めないと「役立たず」と故郷に追い返された人もいる世代だ。「僕なんかよりもずっと大変な思いをしてきたんやろう」。
治療で一番つらかったのは、妻の痛々しい姿を見ることだった。排卵誘発などの注射を毎日打ち、おなかはあざだらけになっていた。炭水化物と糖質は制限。翻って自分は――。クリニックのメンズルームで精子を採取すれば、お役御免だ。妻に隠れて、ケーキも食べている。負担は圧倒的に妻に偏っていた。
妻の「しんどい」という言葉が、ずしんと重かった。「せめて痛みの半分引き受けられれば、もう少し気持ちが楽になるのに」。そんな思いが募っていった。
今年5月、「もう、見ていられへんから、やめようと思う」と言葉にしかけた時、妻から「できたよ」と言われた。妊娠6カ月目に入ったいま、妻は「もしできていなかったら、治療をやめられへんかったと思う」と話す。
不妊治療をきっかけに夫婦仲が悪くなったり、「やめどき」が見つけられずに悩んだりする話を聞くたびに、「僕らは運がよかっただけ」と感じる。
来年3月が出産予定日だ。いまから心に決めていることがある。子どもが生まれても、あえて周囲に話すのはやめよう。ポスターやホームページに、子どもの写真を載せることもしない。
結婚しない人、できない人、子どもがいない人、できない人。自分がそうだったように、口には出さない悩みを抱える人が必ずいるからだ。
男性は「当事者になって初めて、悪意のない言葉でも、どれだけ人が傷つくかよく分かった」と振り返る。
私もつい「お子さんはいらっしゃるんですか?」と聞いてしまうことがある。話題のきっかけに、家族の話が出たついでに、パーソナルデータとして――。
「悪意」は全くないが、だからこそたちが悪い。「私に子どもはいません」と答えたあの人は、どう感じたのだろうか。
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