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不妊治療、上司に告げたら…「来春からにして」 30代女性の思い

不妊治療の休暇は認められるのか?
不妊治療の休暇は認められるのか?

目次

 仕事をしながら子どもが欲しい。そう思って妊活に励んでも、誰しも自然に授かるわけではない。でも、いざ不妊治療に踏み出す時、自分が住む街に、設備の整った医療機関がなかったらどうすれば良いのだろう。悩んで出した決断が「会社を休みたい」。前例のない申し出に上司からの答えは――。(朝日新聞国際報道部記者・今村優莉)

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「不妊治療で休みたい」 上司に相談

 「1年半、不妊治療を続けたが授からなかった。より高度な不妊治療を受けるため、札幌の病院に通いたいと休職を申し出たら、来春からでもいいかと言われました」

 北海道の地方に住む30代の女性会社員が不妊治療のために休職すると決めたのは、今年。夏になる少し前だった。
 約2カ月、考えて出した結論だった。

 最初は信頼出来る先輩に相談してみた。「あなたの人生なんだから」と、背中を押してもらった。直属の上司に面談を申し込み、休職を申し出た。

「前例がない」

 上司は驚いた表情だったという。「不妊治療で休むなんて前例がない」。女性は、休職が難しければ退職することも考えているとも伝えた。上司は真剣に聞いてくれているようだった。「辞めて欲しくはない。何とかするからちょっと待って欲しい」。さらに待つこと数週間。来春なら人繰りの調整が出来るとして、休職が認められた。
 
 「古いタイプの会社だと思っていたので休職が認められたのは感謝しています。でも正直言うと、辛いです。少しでも早く休んで治療したかったから……」と女性は言う。ただ、会社の事情を考えると、それ以上は高望みだとも思った。
 
 約10年励んで来た仕事は大好きだ。誰よりも仕事に打ち込んできた自負があるし、順調にキャリアを積んできたと思う。周りからは「仕事一番人間だね」と言われる。休日に仕事がふってくることも少なくないが、すべてこなしてきた。
 
 でも。
 結婚して約2年。夫との治療は楽ではなかった。

子作りが目的の性生活、セックスレスに

 もともと月経が順調な方ではなかった。排卵障害があることが分かり、新婚からまもなく、不妊治療を視野に産婦人科に通い始めた。
 
 結婚当初住んでいた街は、大都市ではないが自宅近くに人工授精まで対応している産婦人科があった。そこで「タイミング療法」からスタートした。毎月1度やってくる排卵期を医師に見極めてもらい、その日に合わせて夫婦生活を持つ。タイミング療法は、不妊治療の第一歩とも言える。

 重視するのは、愛情でも雰囲気でもなく、タイミングだ。そのタイミングに性交しないと、また翌月の排卵日まで待たないとならないのだ。だが、そんな生活を1年近く続けるうちに夫は義務感を伴う性交そのものにストレスを感じ、セックスレスになった。夫婦関係は破綻しかけた。
 
 約1年後、人工授精に「ステップアップ」した。やはり毎月1度の排卵日に、あらかじめ採取してあった夫の精子を注入する方法だ。2回やっても着床に至らなかった。2回目が不発に終わった後、異動が決まり、夫と別の街へ単身赴任することになった。

「いま治療しないと後悔する」

 転勤先は、前から希望していた街だった。でも、気分は晴れない。不妊治療設備が整っている病院がなかったのだ。人工授精からさらに「ステップアップ」すると、次は体外受精になる。それを受けるには、生殖補助医療(ART)と呼ばれる高度な不妊治療を手がけている札幌の病院に通わなければならない。札幌へは、夜行バスに乗っていかないとならない。

 仕事とやりくりしながらきちんと通うことは厳しいと思った。
 「仕事は楽しい。でも、いま治療しないと後悔する」。休職を決めた。

 夫は最初、反対した。「あなたの生き甲斐(仕事)がなくなっちゃう。逆にストレスが増えて体に良くないんじゃないの」。そして、こうも言う。「そこまでして(子ども)欲しい?」「2人でも良いんだよ」と。
「『頑張ろう』と言われるよりは、ラクだと思う」と女性は話す。それに夫は基本的に自分の考えを尊重してくれる人だ。最後は「交通費も治療費も自分で出す。だから、やりたいようにやらせて欲しい」と説得した。彼女の熱意に押されるように、夫は男性不妊の検査を受けることも含め承諾してくれたという。

仕事と治療の両立 92%が「困難」

 日本産科婦人科学会によると、高度な不妊治療が受けられる「ART(生殖補助医療)」施設は現在、全国に約590施設(2013年)ある。だが、多くは都市部に集中している。不妊治療経験者らでつくるNPO法人「Fine」が昨年、不妊治療経験者約2300人を対象に行った調査によると、91.9%が「両立は困難」と感じ、そのうち42.3%が退職や休職などに追い込まれた。

 不妊治療は、毎月1度の女性の排卵時期のサイクルに合わせた動きをする。だが、排卵を促すために注射を打ったり、卵胞が育っているか検査するために採血したりなど、頻繁に通院しなければならないことも多い。

 せっかく仕事を半日休んで検査に行っても、「今日は卵がまだ育っていないから、明日また来て」と医師に指示されることもあり、仕事のスケジュールが組みにくいのだ。

 この記事を書いている私も、不妊治療の経験者だが、その時期に出張が入ってしまったために、治療を翌月まで我慢する、ということも少なくなく、仕事と不妊治療を両立させるには強い忍耐力が必要だ。
 
 ちなみに、同じ調査で「職場に不妊治療のサポート制度がある」と答えたのは5.9%に過ぎなかった。

 Fineの松本亜樹子理事長は、北海道や九州などから、飛行機に乗って東京や大阪のクリニックに通う人もいる、と説明する。

 「子どもを持ちたい、という幸せを追求する権利は誰にでもある一方で、妊娠・出産にはタイムリミットもある。でも『いかに妊娠は簡単じゃないか』を理解している人はまだ少なく、不妊治療の実態についても理解が広がっていない。雇用主や会社の上司には、仕事と不妊治療を両立させたいと願う女性へのサポートのため、まず不妊や不妊治療についての知識を学び、必要な対策をしっかり整えてほしい」

 女性は言う。「私は休職を認めてもらえたから良かったけど、辞めざるを得ない人もいると思う。出産や育児、介護を理由に休職が認められるように、不妊治療でも休職を認めてもらえる人が増えたら良いなと思う」

 政府は少子化対策の充実を訴えている。一方で、当事者として思うのは、不妊治療への理解は、まだまだ進んでいないということ。妊活か、仕事か。そんな選択を迫られるようなことはなくならないものだろうか。

                          ◇

 Fineでは、不妊治療への関心と知識を少しでも高めてもらおうと、自治体での研修や企業セミナーを行っている。出前講座も承っているという。問い合わせはメール(m-action@j-fine.jp)まで。 

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