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「猫に小判」よろこんじゃダメ ことわざ写真化したら勉強になった
二階から目薬を差すって、いったいどんな状況? 猫に小判って、猫は喜んでいるだっけ? 普段何げなく使っていることわざも、現実に「再現」しようとすると、はたと考え込みます。京都橘大学の池田修教授(国語教育学)は、「ことわざを写真で表現する」という授業を、大学で取り入れています。楽しそうな授業の様子を、聞いてきました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
上の画像は、ことわざの写真です。
「地獄の沙汰も金次第」と「武士は食わねど高楊枝」
どちらも、出演・制作は池田ゼミの学生です。
エンマ大王に差し出すお金が千円札なのが、学生っぽいですね。
ことわざを使ったカルタにはいくつか種類がありますが、池田ゼミでは、京都バージョンの「京かるた」の取り札すべてを写真で表現するという企画に挑みました。
「いろは」47枚と「京」1枚の計48枚。
昨年度の2年生のゼミで取り組みました。
池田教授は、国語教育のスペシャリストです。
学生たちは小学校の教員を目指しています。
「ことわざ」の学習をするのは小学校の3、4年生。小学生向けの学習プログラムとして池田教授が考えたのが、この「ことわざを写真で表現する」です。
池田教授は
「ことわざを『覚えなさい』と言われただけだと子どもたちは受け身で、頭に入りにくい。でも自分でカルタを作ったら、絶対に意味を忘れないでしょう?」。
たしかに。
小学生なら、作ったカルタで休み時間に遊んでも、盛り上がりそうです。自分で作った札は、絶対に取りたいですもんね。
「写真を撮るだけなら簡単にできそう」と思ったあなた。
そうでもないんですよ。
たとえば、「二階から目薬」。
池田教授が学生たちに「ことわざを写真で表現する」という課題を出した時、学生たちが真っ先に「やりたい」と言ったのが、「二階から目薬」だったそうです。たしかに、目に入るのか入らないのか、実験してみたいですよね。
学生たちが撮った「二階から目薬」。
見事、目薬に成功していて、一見、問題なさそうです。
撮った学生は、喜んで池田教授に報告しに来たそうです。
「先生! 二階から目薬、入りましたよ!!」
「いや、入っちゃいけないんですよね」。池田教授は笑います。
「二階から目薬」の意味を調べると、「思うようにならなくてもどかしいこと。また、回りくどくて効果がないこと」(明鏡ことわざ成句使い方辞典)。
そう、意味通りの写真にするには、「思うようになった」では、いけないのです。
そして、目薬を差す人が笑っています。
池田教授は、
「やってて楽しいのはわかる(笑)。でも意味通りに『もどかしい』という表情じゃないと、ダメ」。
結局、OKテイクは、1階からもどかしそうに目薬を見上げる構図になりました。
「意味通りに撮る」というのは、なかなか難しいものです。
次はこちら。
「縁の下の力持ち」。
学生たちが最初に撮った写真では、バルコニーを下から支える学生に、学生たちが驚いています。
さあ。意味を見てみましょう。
「人の気付かないところで、他人のために苦労や努力をすることのたとえ。また、そのような人のたとえ」
おわかりでしょうか。冒頭の「人の気付かないところで」。
先ほどのカットは、上にいる学生が思いっきり気付いていますね。NGです。
ということで、OKテイクは、下にいる学生に気付かないまま、ガッツポーズをする構図になりました。
「猫に小判」も、同じです。
意味は
「価値のわからない人に貴重なものをあたえても無駄であることのたとえ」。
猫が小判に興味を示しまくっている構図はNG。かじってますもんね。
OKテイクは、小判には無関心です。
つまり、「写真を撮る」ことを通じて、自然と学生たちはことわざの正しい意味を覚えます。
参加した学生のひとり、上松美沙さん(20)は、
「いろんなことわざを撮るうちに、『この二つは意味が反対じゃない?』『この二つは似てない?』と、自然に口にしていました。理解が深まったと思います」。
落合真帆さん(20)は
「小学生にカメラを渡して授業をしたら、絶対に大喜びで撮り始めると思います。私がもし小学校の教員になれたら、授業でやってみたいです」
また、写真を教材に使うのは、もうひとつのメリットがあります。
同じくゼミ生の村田梨緒さん(20)は
「自分の意図したものが、第三者には違う意味に受け取られたこともあって、画像で伝えたいことを伝えるのって、実は難しいんだなって気付きました」。
池田教授は
「いまの子どもたちの生活環境は、かつてに比べて画像データが多くなっています。でも、画像をどう読み解くか、学校でも家庭でもきちんと教えられていないように思います」
と指摘します。
画像を言葉で表現したり、言葉を画像で表現したり、というのは、ひとつのメディアリテラシーです。
池田教授は、他にもいろんな授業アイデアを考えているそうです。
「たとえば、ラインスタンプを10個並べてみて、それが意味するところを言葉にしてみたら? 生徒ごとに解釈が変わりますよね? そういうことから『伝えたいこと』と『伝わったこと』にはズレがあると気付きます」。
今年は、ことわざを写真にするだけでなく、5秒動画にする、という授業もやったそうです。
「猫に小判」の動画バージョンでは、小判を見ても無関心のまま寝返りをしてしまう猫が登場します。
池田教授のモットーは「国語科を実技教科にする」です。
以前、池田教授が中学校の教員だった時は、「自分でことわざをつくる」という授業もやったそうです。
その時の作品は、こちら。
「逃した私は大きい」
「住めば狭い」
「人の振り見て死ぬほど笑え」
「自分がすごいことをした時に限って、誰も見ていない」
「洗濯したからには乾燥させろ」
どうです。秀作ぞろいですよね。
池田教授は、「言葉の学習には、三つの段階がある」と言います。
(1)覚える、(2)使う、(3)作る
段階が上がるほど、理解も深まります。
ちなみに、「ことわざを写真で表現する」は(2)、「自分でことわざをつくる」は(3)です。
そして、池田教授が大事にしていることが、「楽しく学ぶ」。
言葉で楽しむことにかけて、池田教授の右に出る人はそういません。
「我慢して勉強しなさい、覚えなさい、という時代はもう終わったのではないでしょうか。学習は、面白くないと、モチベーションになりません。『言葉って、こんなに楽しめるんだよ』って、子どもたちに体験してほしいなあ!」
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