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「べっぴんさん」何者でもない主役路線 制作統括が明かす誕生秘話
10月3日から、新しい朝ドラ「べっぴんさん」が始まりました。朝ドラといえば、前々作の「あさが来た」は今世紀最高の平均視聴率23.5%(関東地区)を記録。前作「とと姉ちゃん」は今世紀3位の22.8%(同)で、どちらも力強く道を切り開いたヒロインを描いて評判を集めました。そんななかスタートした今作の主人公は「普通のお母さん」。一見、地味そうな設定ですが……。数字のプレッシャーもあるなか、「べっぴんさん」で制作統括を務める、NHK大阪放送局の三鬼一希(みき・かずき)チーフ・プロデューサー(47)に聞きました。(朝日新聞大阪本社生活文化部記者・松本紗知)
そもそも「制作統括」とはどんな仕事なのでしょう。
「制作を統括する人、そのままですね。制作に関する全てのことを管理、統括するのが役割です」と三鬼さんは言います。
企画を立案し、脚本家を決めて台本を作り、出演者を決めていく。それら全般を、責任を持って統括する立場とのこと。
国民的番組ともいえる朝ドラの責任者。局員にとっての憧れのポジションなのかと思いきや「『朝ドラの制作統括が目標!』という人は、そんなに多くない」。
「NHKでドラマをやりたいという人は、10人中7~8人はディレクター志望。映画で言う監督をやりたいんです。プロデューサーの立場である制作統括を目指すという雰囲気はあんまりないですね」
三鬼さんが今作に向けた準備に取りかかったのは昨年4月ごろ。まず、脚本を誰にするか検討を始めました。
朝ドラは1週間で計90分、それが半年間続くので、脚本もかなりの分量になります。意中の脚本家にいきなり「朝ドラを書きませんか」と持ちかけるのではなく、何度か会って話をしながら、「この人ならどんなことを書いてもらえるだろう」と考えていったそうです。
そうして「複数の人物を書き分けるのが上手」で、「りんとした気品を感じた」という渡辺千穂さんに、脚本を依頼しました。渡辺さんは、ママ友の人間関係を描いた「名前をなくした女神」や、ファッション雑誌編集部が舞台の「ファースト・クラス」を手がけた脚本家で、夫はフリーアナウンサーの羽鳥慎一さんです。
作品の内容を決めるために、演出を担当するスタッフと一緒に図書館通いを始めました。気になった本をそれぞれが持ち帰り、回し読みをする……。そしてある日、神戸市に本社を置く子ども服メーカー(ファミリア)の社史を見つけました。
「それを見て頭に浮かんだのが、若いお母さんたちが集まって楽しそうにチクチクお裁縫をやっている姿。お母さんたちが疲れたころに、旦那さんが『うちの連れて帰りますね』といって迎えに来るという。そういう絵が浮かんだときに、すごく幸せな物語にならないかなと思ったんです」
「やるからにはこれまでと違う視点を提示したい」と話す三鬼さん。今作の主人公・坂東すみれは、明るく元気でがむしゃらに突き進む従来のヒロイン像と違い、頑張る姿に周りが放っておけなくなるタイプです。
「普通のお母さんが仲間と一緒に進んでいくという物語です。日常の小さなことかもしれないけれど、目の前のことに懸命に向き合う女性たちを描きたい」
「『自分にはできない』じゃなくて『ちょっとしたきっかけで何かが変わるかも』いうのは、今の世の中に大事なことじゃないかと思うんです。だから、何者でもない女性が変わっていく姿を描いていきたいと思っています」
朝ドラの視聴率好調が続くなかで、バトンを受けることにプレッシャーはないのでしょうか。
「もちろんプレッシャーはありますが、それは視聴率に限ったものではありません」
「数字が悪い時は『なんで悪いんだろう』ってみんな考えるんですけど、いい時って考えないんですね。実はそっちの方が僕は危ないと思っていて。見かけの何かだけで納得していては、次につながらなくなる。数字の意味を、ちゃんと考えないといけない」
クランクイン前、三鬼さんは制作の中心を担うスタッフたちに「『べっぴんさん』が終わるころには、どうなっていようか」という話をしたそうです。
「チームに入るからには、今と同じ仕事を1年後にもやっているのでは困ると。僕も含めてですけど、今できないことができるようになる、今よりも成長する、そいういう目標を持ってもらいたいなと」
「僕らはテレビドラマという架空のものを作っている。ニュースとは違って、正直世の中になくても、誰も困らないわけです。思いを込めて作らなかったら出す意味がない」
重責を担う三鬼さんに聞いてみたいことがありました。責任のある仕事を任されたとき、どんな心持ちでいるのがいいのでしょうか。
「とことん考えて、最終的には開き直る。人事を尽くして天命を待つ、ということですかね」と三鬼さん。
例えばキャスティングでは、「この役はどうしてもこの人に」と思えば、その俳優さんに会いに行き、手紙も書き、ギリギリまで出演交渉をします。でも最後は、相手が決めること。断られても、ベストを尽くしたなら仕方ないと、気に病まないようにしているそうです。
やるだけやったら後は任せるしかない。変えられないものは変えられない。
「人生あきらめが肝心(な時もある)」がモットーの記者がホッとしたのもつかの間、三鬼さんが一言。
「でも、変えられないものにあらがうことも大事。ギリギリまで粘ることが、やっぱり大切ですね」
NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」は、子ども服メーカー・ファミリア創業者の一人、坂野惇子さんをモデルに、戦後の焼け跡から仲間と子ども服作りに打ち込んだヒロインの姿を描く。主演は芳根京子さん。
この記事は10月8日朝日新聞夕刊(一部地域9日朝刊)ココハツ面と連動して配信しました。
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