コラム
才能ある学生に限ってプロにならない 美大生が残していった秀逸漫画
多摩美術大学非常勤講師の竹熊健太郎さんによる漫画評。今回は「家族喧嘩」です。
【多摩美術大学非常勤講師・電脳マヴォ編集長=竹熊健太郎】
私は2012年1月24日にWEB漫画サイト「電脳マヴォ」を始めた。
それに先立つ2003年4月から、私は多摩美術大学で「漫画文化論」という漫画史を教える講義を始めていた。これは現在も継続中である。
歴史の授業なので、本来なら課題にレポートを提出させるべきだが、人数が多すぎるので学生全員に漫画を提出してもらうことにしている。文章を読むよりも採点が早いからだ。
学生に漫画を提出させることで、私にはいくつもの意外な発見があった。一つには、私が思った以上に漫画がうまい学生が多いことと、私が「この人は才能がある、と思った学生に限ってプロデビューしないこと」である。
2003年度の受講生で、『家族喧嘩』というわずか7ページの作品を描いてきた水野清香さんという1年生がいた。すべて紙にペンで描かれたアナログ原稿だったが、絵のうまさに私は驚いた。
それ以上に、主人公の長女のコマの中だけ少女漫画の画風であり、それ以外の家族は大友克洋調のリアルな画風で描かれていることに仰天した。画風のギャップで抱腹絶倒のギャグを描いている。これは本当に絵が上手でないと、なかなかできないことだ。
私は「この人はきっとプロ作家として成功するだろう」と思ったが、彼女は漫画家にはならず、現在「おうひと佐也可」という名前でイラストレーターとして活躍している。
漫画がうまいからといって、必ずしも漫画家になるとは限らない。商業漫画の流れからは埋もれている作家がたくさんいる。私は、商業雑誌とは無縁の逸材を紹介するため、「電脳マヴォ」を企画したのである。
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〈たけくま・けんたろう〉 1960年生まれの56歳。多摩美術大学美術学部の非常勤講師で、元・京都精華大学マンガ学部教授。漫画をはじめとしたオタク文化を題材にした執筆や評論をしながら、2012年に無料Web漫画雑誌「電脳マヴォ」を開設。
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