コラム
フィギュア「4回転時代」空中戦 羽生?宇野?夢の大技決めるのは…
羽生結弦の世界歴代最高得点、宇野昌磨の史上初4回転フリップ成功など、記録づくしだった昨季。今季はどんな新記録が生まれるのか。「4回転時代」のフィギュア界では、夢のミラクルジャンプ「4回転アクセル」への期待が高まる一方、深刻なケガのリスクも。9月30日には羽生が今季初戦に登場。本格的なシーズンインを前に、昨季の振り返りと今季の見どころを紹介します。
昨季、最初に訪れた驚きの瞬間は、昨年11月上旬、北京で開かれたGP(グランプリ)シリーズ中国杯にありました。浅田真央選手のGPシリーズ復帰で話題になっていたこの大会、熱心なファンであるスケオタ(フィギュアスケートオタク)が衝撃を受けたのは、中国のホープ、金博洋(ボーヤン・ジン)選手のジャンプでした。
金選手はSP(ショートプログラム)で、4回転ルッツ-3回転トーループの大技を成功させました。4回転ルッツは、2011年にブランドン・ムロズ選手(米国)が初めて単独で成功させて以来、お目にかかることがなかった最高難度のジャンプです。さらに金選手は今年2月、四大陸選手権のフリーに3種類の4回転を組み込み、4度の4回転を跳ぶという史上初の快挙を成し遂げました。
その直後、11月下旬に長野のビッグハットであったGPシリーズNHK杯では、金選手の衝撃を上回るような歴史的瞬間が訪れました。SPとフリーの合計300点を越えるのは誰か、スケオタの長年の関心事だったその壁を、羽生結弦選手が大きく超えていきました。
SPでは、ソチ五輪で自身がマークした世界最高得点を塗り替える106.33点を出して首位に。フリーでは、質の高い4回転を3本跳んで得点を押し上げ、史上初の200点超え。合計で322.40点をたたき出しました。
会場は地鳴りのような歓声で揺れました。それまでの最高得点、13年GPシリーズフランス杯でパトリック・チャン選手(カナダ)が出した295.27点を大幅に上回る得点でした。
さらに、12月上旬、スペインであったGPファイナルでも羽生選手が再び記録を塗り替え、合計330.43点をたたき出しました。この大会のSPとフリーと、その合計の三つが、フィギュア男子における最高得点としてギネス世界記録に認定されました。
ライバルも刺激を受けます。今年1月の欧州選手権では、ハビエル・フェルナンデス選手(スペイン)が300点超え、3月末~4月初めに米国であった世界選手権でも再び300点超えを記録しました。
ジャンプの進化も止まりません。4月下旬に米国であったコーセー・チームチャレンジ・カップのSPで、宇野昌磨選手が世界初の4回転フリップを成功、フリーでも決めて、世界の注目を浴びました。
4回転フリップは、宇野選手が憧れる高橋大輔さんが現役時代に挑戦していたジャンプです。5種類のジャンプで、難易度はトーループ、サルコー、ループ、フリップ、ルッツの順に高くなります。宇野選手は今季のプログラムに4回転フリップとトーループを組み込んでおり、どこまで点を伸ばしていくのか楽しみです。
羽生選手も黙ってはいません。今月、練習拠点のカナダで練習を公開し、4回転ループを入れたプログラムを披露しました。9月30日からのオータム・クラシック(カナダ・モントリオール)で今季初戦を迎える予定です。自身の持つ歴代世界最高得点の更新にも期待がかかります。
新採点方式になった約10年前、4回転に慎重な選手が多かった時代は、スケオタにとって4回転を見られるだけで至福でした。その後、男子のジャンプは、驚くべき進化を遂げます。
特に「4回転サイボーグ」と呼ばれたブライアン・ジュベール選手(フランス)や、五輪メダリストの「皇帝」こと、エフゲニー・プルシェンコ選手(ロシア)は、4回転にこだわり続けてきました。
バンクーバー五輪で、4回転を入れず完成度の高さで金メダルを獲得したエバン・ライサチェク選手(米国)に対し、4回転を跳ぶも銀メダルに終わったプルシェンコ選手は、「4回転を跳ばないのは男子フィギュアじゃない」と話したこともあります。
4回転を跳ぶかを選択していた時代から、今や何種類の4回転を何本跳ぶかの時代に。SPとフリーで計6本も跳ぶ選手もおり、シニアの下のジュニアでも2本以上跳ぶ選手が出てきています。
今年9月には、米国のジュニア選手が4回転ループに挑戦しました。「4回転3種類が当たり前」の時代がもうすぐそこに来ています。
4回転のレベルが上がった背景には、ライバルの存在が大きいのかもしれません。同じリンクで練習する羽生選手とファルナンデス選手や、ジュニア時代から競ってきた宇野選手と金選手などは、お互いを意識し、切磋琢磨することで成長しています。
また、表現面を評価する演技構成点はSPとフリー合わせて150点満点と限界があるため、選手たちは技術点を伸ばそうと努力しています。羽生選手をはじめ、質の良い難しいジャンプを跳ぶ選手が出てくると、ほかの選手の意識も変わります。
質の高さを求め、種類も増やし、どんな組み合わせにするか。ジャンプの前後の振り付けを工夫して、点数を0.01点でも上げる戦略を考えています。
そして、もしかしたら4回転アクセルという夢のようなジャンプを試合で見られる日が来るかもしれません。
4回転が当たり前の時代、ファンにとって悩みもあります。
難易度の高いジャンプを何本も跳ぶことは体への負担が増えます。体が成長期のジュニアでも跳ぶ選手が増えています。けがをしないか、ファンは心配になります。
過去には、4回転を跳び続け、難しいステップをこなしていた高橋大輔さんが右膝靱帯断裂という大けがを負いました。最近では、羽生選手が左足甲の靱帯を損傷し、療養していました。
4回転の影響が全てではありませんが、腰や膝、足首などへの負担は増えるばかりです。「けがしないでほしい」とファンはいつも願っています。
リスクと戦いながら、選手たちは4回転への挑戦を続けています。試合の前半で失敗しても後半で立て直したり、SPで失敗してもフリーで巻き返したり。けがから復帰し成長する選手もたくさんいます。そんな選手たちの姿を見て、ファンはもっと応援したい気持ちがわいてきます。
来月1日にジャパンオープン(さいたま市)、同月21日にはGPシリーズが幕を開けます。いまは4回転という技術面に注目が集まりがちですが、芸術性も合わせて最高の演技ができた瞬間をファンは楽しみにしています。進化を続けるフィギュアスケート、次に歴史を塗り替えるのは誰か、希望に満ちたシーズンがいよいよ始まります。
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