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隠される保育事故「裁判しても意味がない」 親たちが署名に走る理由
万が一、保育事故が起きてしまったら――。原因についての調査や、再発防止に向けた取り組みが進むと思うのではないでしょうか。ところが、実際には多くの遺族が「何が起きたのか」を十分に知らされることがないまま、苦しみ続けてきました。何があったかを明らかにし、再発防止のための策を進めたい。そんな思いで、遺族たちが署名活動に取り組んでいます。(朝日新聞社会部記者・仲村和代)
8月下旬、東京・上野。保育事故で子どもを亡くした親たちで作る「赤ちゃんの急死を考える会」のメンバーが、街頭に立ちました。
「保育事故をなくすために、署名へのご協力をお願いします」
署名を呼びかけていた須田博美さん(40)は2010年9月、横須賀市が認定した「保育ママ」に預けていた4カ月の長男を亡くしました。ミルクを気管に詰まらせたことによる窒息死。事件性はないとされました。
事故後、須田さんをさらに苦しめたのが、「何が起きたのか」について、納得のいく説明がされなかったこと。警察や行政の調査も、期待していたような内容ではなく、「被害者が完全に置いてきぼり」と感じました。真相を知りたいと14年、市と保育ママを相手取り、民事訴訟を起こします。
「なぜ、息子がこんな状態に置かれたのか。なぜ、見ていてくれなかったのか。環境を明らかにすることで見えてくることがあるはず。少しでも知りたくて、裁判せざるを得なくなった」
そんな思いで始めた裁判でしたが、最近は「あまり意味がない」と感じているそうです。相手側が情報を開示する気がない限り、知りたかった事実にはたどり着けないからです。
「赤ちゃんの急死を考える会」には、同じように、真相を知りたいという思いすらかなえられず、苦しむ遺族たちがいます。
真相究明と再発防止に向けた取り組みのためには、何が必要か。議論を重ね、取り組み始めたのが、「認可外保育施設も、日本スポーツ振興センターの無過失保険に加入できるようにすること」を求める署名活動です。
署名活動が、なぜ「真相究明」につながるのでしょうか?
日本スポーツ振興センターの「災害共済給付」は、学校などで事故が起きた場合、過失の割合に関わらず保険金が支払われます。
保険に入れる対象は、保育施設の場合、児童福祉法で定められた保育所に当たる施設、つまり「認可保育所」に限られます。昨年からは小規模保育所などにも加入対象が広がりましたが、認可外は対象外です。(認可でも、加入していないところがあります)。
厚生労働省によると、04~15年に保育施設などで起きた死亡事故は174件。うち、7割の120件は認可外保育施設で起きています。
民間の賠償責任保険では、過失の有無によって保険金が支払われるかどうかが決まります。そのため、事業者側が自分たちに過失はなかったと主張するため、事実を隠すケースがこれまで起きていました。
無過失の保険に入れるようにすることで、こうした事態をなくしたいというのが、署名の狙いです。
「『誰が悪いのか』ではなく、『何が悪いのか』を明らかにし、フィードバックできれば、ほかの誰かの命を守れるかもしれない。それが、息子の生きた証しをつなぐこと」
須田さんの活動の根底には、そんな思いがあります。
「事故が起きていないとしたら、現場の保育士が必死で頑張っているから。でも、倫理観や良心だけに頼っている状況では、限界がある。社会として、子どもを守る仕組みを作らなくては」
事故から6年の間にも、多くの命が失われました。その大半は、危険性が指摘され続けているうつぶせ寝や、長時間、保育者が見ていなかったケース。対策さえ取られていれば、「救えたはずの命」です。保育士の待遇改善が進まず、現場が疲弊していることも背景にあると感じています。そんな現状に、むなしさをおぼえることもあるそうです。
「子どもを亡くすことは地獄です。手をつないでいた子が、次に会った時、息もせず、真っ白な状態に直面する親の気持ちをわかってほしい。もしも自分だったらと、一人一人が想像してくれたら、きっと保育現場も変わるんじゃないかと信じています」
ネット署名サイト「change.org」で6月から始めた署名には、約2万3千人が賛同しています。
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