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母国で無視され続けた「イランのクロサワ」 訃報の翌日、映画館で…

「ライク・サムワン・イン・ラブ」で加瀬亮(右)を演出するアッバス・キアロスタミ監督=2011年11月、ユーロスペース提供
「ライク・サムワン・イン・ラブ」で加瀬亮(右)を演出するアッバス・キアロスタミ監督=2011年11月、ユーロスペース提供

 イラン映画界の巨匠、アッバス・キアロスタミ監督が76歳で亡くなりました。その存在感の大きさは、まさに「イランの黒澤明」。1997年にカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールをとるなど、イラン映画のレベルの高さを世界に知らしめ、後進に大きな影響を与えました。ところが、イランの地元紙はこれを報じず、DVDショップに行っても作品が手に入らないというありさま。そんな中、映画館では「ある出来事」が起きていました…。

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悲報をガン無視

 キアロスタミ監督は2015年ごろから体調を崩し、16年3月にイランの首都テヘランの病院に入院。イランメディアは胃腸がんを患っていると報道していました。その後、療養のためパリへ。イラン時間の7月4日夜に一報が入ると、日本をはじめ、世界中のメディアが相次いで逝去を伝えました。

 ところが、翌朝のイラン地元紙を開いてびっくり。他にこれといって大きなニュースがなかったにもかかわらず、キアロスタミ監督の死を伝えない新聞が大半なのです。朝日新聞テヘラン支局は地元紙を計24紙購読していますが、記事があったのは6紙だけでした。

キアロスタミ監督の死を伝えなかった新聞。1面の記事は政局ネタなど
キアロスタミ監督の死を伝えなかった新聞。1面の記事は政局ネタなど

 一方、数が少ないとは言え、きちんと報じた新聞はいずれも1面トップの扱い。大きなニュースであることがわかります。

「キアロスタミ氏76歳で死去 『友だちのうち』へ去る」(シャルグ紙)
(氏の代表作のタイトル「友だちのうちはどこ?」にかけて、天国という新しい「友だちのうち」へ向かったという比喩)

「さようなら、謙虚な天才 キアロスタミ氏76歳で死去」(ハフテソブ紙)
「キアロスタミ氏死去 『桜桃の味』は苦く」(エテマド紙)
(「桜桃の味」も氏の代表作です)

 記事内容はどれも、キアロスタミ氏の業績をたたえ、イランはもちろん世界の映画界が衝撃を受けている、というものです。

監督の死を伝えた新聞
監督の死を伝えた新聞

キアロスタミ監督とは

 名門テヘラン大学を卒業後、1970年に映画監督としてデビュー。「友だちのうちはどこ?」(87年)、「そして人生はつづく」(92年)などで注目を集めました。97年、パルムドールに輝いた「桜桃の味」で評価を確かなものに。ちなみに、同時受賞が今村昌平監督の「うなぎ」でした。

 その後も「トスカーナの贋作(がんさく)」(2010年)など、精力的に撮影を継続。日本とのゆかりも深く、小津安二郎監督に捧げた「5 five」(03年)を制作したほか、最近作の「ライク・サムワン・イン・ラブ」(12年)は日本人の俳優やスタッフと日本で撮影しました。これが出世作となった女優の高梨臨さんは、「監督と過ごした日々は私の女優人生にとって宝物です」などとコメント。俳優の加瀬亮さんは公開時のインタビューで、「第一印象は『変な人』」としながら、「できあがったものを見ると、圧倒的にオリジナル。本当にすごい監督」と話していました。

 直系の弟子筋からは、ジャファル・パナヒ監督が「タクシー」(15年)でベルリン国際映画祭の最高賞、金熊賞を受賞。バフマン・ゴバディ監督は「ペルシャ猫を誰も知らない」(09年)でカンヌ入賞を果たしています。

 「別離」(11年)で米アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督は葬儀で、「イラン映画が世界中でファンを集められたのはあなたのおかげだ」とたたえました。

作品が売っていない

 じっくり作品を見てみたいなあ。街中のDVDショップを訪ねました。

 ところが、ここでまたびっくり。ゆうに20作を超えるキアロスタミ監督の作品が、なんと1本もないというのです。

 これが日本なら、いや日本ならずとも、追悼の特設ブースを構えてしかるべきところです。なぜないのかと問うと、店主は「禁止されているからね」とぽつり。

テヘランのDVDショップ。取材した店ではありません
テヘランのDVDショップ。取材した店ではありません

 イランでは、映画は撮影を始める前の段階で、「文化・イスラム指導省」という官庁から脚本のチェックを受けます。「イラン・イスラム共和国」の価値観にあわない表現、たとえばラブシーンや飲酒などの描写は禁止。修正を求められるか、撮影の許可が出ません。

 映画に詳しいイラン人記者によると、キアロスタミ監督の脚本は、この検閲は通っていました。ただ、自殺や売春といった重いテーマが多かった。イスラム教の規律を重んじる「保守強硬派」と呼ばれる人たちは、社会の暗部を映画が描くことを嫌い、公開を止めるよう映画館に圧力をかけました。結果、上映期間は短く制限され、DVDとして発売することも許されなかったんだとか。

 多くの新聞が監督の死を無視したのも同じ理由から。イランのメディアは、ほとんどが特定の政治勢力とつながっています。文化・イスラム指導省は新聞発行の許認可権を握ってもいます。記事を載せなかったのは保守強硬派の系列か、当局と余計なもめ事を起こすのを嫌ったから、ということのようです。

 「桜桃の味」がパルムドールを獲得したときですら、多くのメディアがその快挙を祝うよりも、監督が授賞式でフランスの女優カトリーヌ・ドヌーブさんからほほにキスされたことを「問題だ」として大きく取り上げたといいます。

テヘランの映画博物館に展示されている、キアロスタミ監督が受賞したパルムドールのトロフィー
テヘランの映画博物館に展示されている、キアロスタミ監督が受賞したパルムドールのトロフィー

 前述のパナヒ監督は2010年、「反体制の宣伝活動に携わった」として拘束され、映画制作や国外渡航を20年禁止する判決を受けました。弾圧を嫌い、イラン映画界からは優秀な人材の国外流出が続いています。ゴバディ監督はその一人で、今はトルコを拠点にしています。

 そんな環境でも、キアロスタミ監督はイランにとどまり続けました。「圧力があるほど、クリエーティブになれる」。インタビューにそんな風に答えています。子どもを主人公にした作品が、特に初期には目立ちますが、これは「子どものやること」だと言い逃れできるという理由もあったそうです

やはり「国民的監督」

 さて、DVDショップで肩を落としていると、店主が耳打ちしました。

 「海賊版なら、あるよ」

 なんと、入手可能な作品すべてを2枚のディスクにおさめ、売っていると言うんです。違法なので店頭には並んでいませんが、倉庫に置いてあるとのこと。需要はあるそうです。

 かつて、映画の公開が圧力で打ち切られたときも、どうしても見たいという人が多く、ヤミ市場にコピー品のDVDやビデオCDが出回ったといいます。

 キアロスタミ監督がこの世を去った翌日の夜、イランの映画館は全土で自主的にスクリーンを数分止め、客やスタッフがキアロスタミ氏に祈りを捧げたということです。

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