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伝説の泡沫 外山恒一さんの今 「通る気さえなければ何でも言える」
選挙で、今も語り継がれる伝説の政見放送があります。2007年の東京都知事選に出馬した外山恒一さん(45)です。「泡沫(ほうまつ)候補」の代表的存在として語られる外山さんは、今の泡沫候補をどう見ているのでしょうか。
外山さんの政見放送は、こんな内容です。
立候補しているにもかかわらず、多数決の選挙を否定し、「多数派は私の敵」「少数派がいよいよ生きにくい世の中になっている」「選挙で何かが変わると思ったら大間違いだ」。そして最後に、「私が当選したら、私もビビる」
オチもしっかりついて、つい笑ってしまいます。
政見放送では、無表情で有権者を「諸君」と呼び、最後には中指を立てていた外山さん。記者は、近づきがたい人なのかなと勝手に想像していました。けれど、待ち合わせ場所に現れた外山さんはさわやかな笑顔で、そのギャップに驚かされました。
待ち合わせる駅を間違え、電話でお互いの居場所を伝えるも全然会えないというハプニングもあり、2人で大笑いして取材が始まりました。
外山さんはストリートミュージシャンや政治活動家の肩書で出馬し、現在も政治活動家としてトークイベントを開くなど自身の主張を広めています。
今も動画を見て共感した人が、メールで連絡をくれたり、トークイベントに足を運んでくれたりするそうです。同世代もいれば、中には都知事選に出馬したことを知らなかった20代もいます。
選挙から10年近くたっても泡沫候補の代表格に名前が挙がることは「してやったりとは思います。都知事選には1回しか出てないわけですから」。
最後まで飽きずに見てもらい、より多くの人に広まるように、あえて笑いの要素をふんだんに盛り込んだそうです。「ユーチューブ界のスタンダードナンバーとして残っている。50年後も100年後もあれより面白い政見放送は出来ない」とドヤ顔です。
あの政見放送は、ネット上でいろんな加工をされ、遊ばれていますが、「笑って見られることを意図して作ってあるので、お笑い的に消費されることは織り込み済み。一部のわかる人に伝わればいい」と、意に介しません。
この政見放送を完成させるために、カラオケに通ったそうです。ワンフレーズごとに声の高さや速さを思いつく限り試して録音し、自分がつい笑ってしまったものをつなげた「稽古のたまもの」です。
「ストリートミュージシャン」の肩書で立候補した外山さんにとって、300万円の供託金は決して安くない金額です。一定の得票数を得られないと没収されてしまいますが、最初から没収されることは予想していました。「都内にポスターを貼れて、知事選はテレビ演説がある。広告費ととらえていました」。
ただ、その時の貯金はゼロ。お金は友人2人から借りて工面しました。1人から借りた100万円は返しましたが、もう1人に借りた200万円はまだ返せていません。都知事選で知名度を上げて本を刊行し、返すつもりでしたが、そのもくろみは外れてしまいました。
そもそもなぜ、選挙に出て選挙を否定したのでしょうか。
外山さんが多数決に不信感を持ち始めたのは高校生の時でした。学校で「制服撤廃や髪形完全自由」を訴えても多数の支持を得ることが難しく、でも自分の考えが間違っているとも思えない。「多数を獲得して何かを変えていく方法に絶望せざるを得なかった」。
「同調圧力が強まって、ネットも監視社会化を進める道具のようになった。社会が自警団化しているととらえ、少数派を守るために自警団から身を守る自警団が必要だと考えた」
選挙は「通る気さえなければ何でも言える場」だと言います。外山さんにとって選挙は自分の主張を訴え、賛同者を得ることが目的でした。
ただ、話題になり過ぎたために賛同者だけでなく、面白半分で集まる人も増えたため、選挙に出ることは諦めました。現在も引き続きストリートミュージシャンとして活動しながら、トークイベントなどを通して自身の考えを広めています。
今は選挙に出る気持ちはありませんが、選挙を利用した活動には関心をもっています。「反選挙派勢力は作らないといけないと思っているので、そういう人たちに注目を集める『選挙ちゃかし運動』を思いつけば、今後もやると思う」
今も様々な「泡沫候補」が立候補していますが、泡沫候補とひとくくりにされることに違和感があると言います。
「主張がちゃんとあるまっとうな泡沫候補の枠に入れられるのは嫌じゃない。けれど奇矯な金持ちとは違う。変わってりゃ何でもいいってもんじゃないだろう」
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