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コメダ珈琲1号店、ひっそりと閉店…グループ拡大、創業の地に何が?
東証1部へ上場したコメダホールディングスが展開するコメダ珈琲店。その1号店が閉店したと聞いた。毎年50~70店のハイペースで出店攻勢をかける中、発祥の店はなぜ消えたのか。(朝日新聞名古屋報道センター記者・斎藤健一郎)
昭和の風情ただよう円頓寺商店街の近く。名古屋市西区那古野2丁目で、コメダは1968年に創業した。いま、店があった場所には新しい5階建てのマンションが立っていた。有名チェーンがこの地で第一歩を踏み出したことを示す痕跡は何もない。
近所の年配男性が教えてくれた。「ビルが老朽化したもんで、取り壊してそのまま閉店だよ。繁盛はしてた。うん、経営は良かったと思うよ」。ご近所さんが自転車で立ち寄るような小さな喫茶店で、木製のドアを開けると店内は10卓ほどの空間だったという。
コメダによると、1号店は菊井店といい、創業者で元会長の加藤太郎氏が48年前に開いた。家業が米屋だったことから店名を「コメダ」とした。
コメダといえば、戸建ての店舗が特徴だが、1号店はビルの一角を間借りしていた。そのビルが建設から半世紀近くたって老朽化した。地主の意向もあってマンションへの建て替えが決まり、2014年3月末に「やむなく」閉店したという。
1号店があった場所の2軒隣で医院を経営する後藤正己さん(65)は推測する。「駐車場がない小さな店は、大きくなったグループのコンセプトからは外れたんでしょう。この辺りの商店も軒並み店を閉めました」
古くからの住民は高齢者ばかりになったという。
服部金江さん(64)の家は父親の代から、1号店の向かいですし屋を営んでいた。
「バブルの時は、近くの会社の営業部長が朝から来て、一日中接待で飲んでいたもんですよ」と懐かしむ。
夫が他界し、弟子を多く抱えた店を12年ほど前にたたんだ。今は子や孫と暮らしている。
コメダ1号店開店の日には、母の春子さんが加藤氏を手伝い、一緒に花配りをしたという。その母も2年前に91歳で亡くなった。
経済成長を追い求める社会で、街の盛衰を見てきた服部さん。「時代はどんどん変わる。私たちの時代は良かったけれど、子どもや孫が将来どうなるか。そればかりが心配です」。
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