コラム
「産まない生き方」論争に感じた違和感 アフロ記者が考える「自立」
稲垣えみ子さんは、50歳になったのを機に2016年1月、新聞社をやめました。原発事故の後、節電生活を始め、今は月数百円の電気代で暮らす日々。会社のしがらみを卒業し、いま住んでいる地域でのつながりを広げているそうです。夫なし子どもなし…1人で生きていくと決めた稲垣さんに聞いてみました。しがらみとつながりの違いって何ですか?
5月18日、稲垣さんはNHKの「あさイチ」に出演しました。テーマは「どう思う?“子どもがいない”生き方」。朝日新聞時代に連載していたコラムでのざっくばらんな語り口を期待してテレビを注視しましたが…あれ? 画面に映る稲垣さんは、あまり積極的に発言しているようには見えませんでした。
「わたしは不真面目なせいか流されるままに生きてきたので、皆さんがそこまで深刻に考えていらっしゃることに驚いてしまったんです」
番組で取り上げたのは、女優の山口智子さんの雑誌インタビューでした。
多くの人を励ましたと紹介されたれた山口さんの発言ですが、稲垣さんは違和感を感じたそうです。
「発言そのものではなく、その部分だけを取り出して注目が集まったということにびっくりしました。『よくぞ言ってくれた』という熱い反応が起きること自体、よほど追い詰められている人が多いんだなと」
次の日、同じ「あさイチ」で有働由美子キャスターが、番組への反応を紹介しました。有働さんは「産まない」という生き方に肯定的な意見を紹介した後、否定的な意見も読み上げました。
激しいメッセージの内容に、スタジオの出演者もシーンと黙り込んでいるように見えました。なぜ、ここまでの断絶が生まれるのか?
「うーん」と考え込んだ稲垣さん。
「こうやって意見を言うのは大事だと思います。そして、すっごい真面目に生きている方だと思うんです。テレビ局に投稿までするんですから」
「でも、人は与えられた条件があって、それができない人がいる。そんなことが見えないほど意見が先鋭化してしまって、もう、どこまでいってもわかり合えないところまで来ちゃっていて。そういう衝突が、色んなところで起きている気がします」
交わることのない言葉のぶつけ合い。何でそんなギスギスした世の中になっちゃったんでしょう?
「たぶん、高度経済成長の時代を超えるストーリーを描けていないからだと思います。プライドのよりどころが、過去の成功体験しかない」
「ところが、高齢化が進んで、経済成長はもう見込めない。今までのやり方で一生懸命やっても報われない。だから、ぶんどり合いになるし、少しでもおいしいとこ取りをしているような他人を見ると許せなくなるんでしょう」
このぶつかり合い。稲垣さんは「出産に限った話ではない」と言います。
「例えば生活保護バッシングも、芸能人の不倫をどこまでも追求しないと納得しない世の中の空気も同じ。不安。不満の前に不安があるんだと思います」
一方、社会に充満する怒りが、いい作用をもたらしたかのように見えた出来事もありました。待機児童問題への関心を高めるきっかけになった匿名ブログです。しかし、稲垣さんは「日本死ね」というフレーズが引っかかったそうです。
「このブログを書いた人が『死ね』って言っている日本って何だろうと。日本って、総理大臣なのか、役人なのか、それともどこかの偉い人なのか。私はそうじゃないと思うんです。日本って、私たち全員が作っているものですよね。このブログを書いた人も日本の一部なんじゃないでしょうか。保育園や保育士さんを増やすにもお金が要る。でも、もう日本にはお金がない。一人一人が何かを犠牲にしなければ、解決しないはずなんです」
ブログは政権を動かしたと報じられましたが、稲垣さんはマスコミの姿勢にも問題があったと指摘します。
「安倍政権から一本取ったって騒いでいる場合じゃないですよ。福祉を充実させるためには、みんなが負担しないといけない。そのためには社会が分断してちゃいけない。その分断をつなぎ合わせるのがマスコミの役割なんだから、本当の解決のためにはみんなが何をしなきゃいけないのか、一人一人が自分の問題として考えることができるような材料をもっと提供して欲しかった」
分断をつなげることがマスコミの役割だと訴える稲垣さん。25年間勤めた新聞社を辞めた今、違う方法で、新しいストーリーを描こうとしています。
「今、世の中が経済に支配されて、ぶんどり合いになっている。自分の夢まで経済に依存しちゃっていて、その具体的な依存先が、会社だと思うんです」
いま必要なのは「自立」だと言います。
「自分のほしいものは何か。雑誌に出てくるようなモデルになるのが幸せなのか。大きな家に住むのが、子どもを産むのが幸せなのか。産まないのが幸せなのか。自分で自分の欲しいものを考えないといけない」
その一方で、稲垣さんが強調するのは「自立するための助け合い」です。
「会社を辞めて一人になったわけですが、一人じゃやっぱり寂しいし、生きていけないんですよね。だから、どちらかといえば人見知りの50を過ぎたおばさんも頑張りました!(笑)。近所の人に挨拶をしたり、お店の人と積極的に会話をしたり。その涙ぐましい努力の甲斐あって、ここに引っ越してきて4カ月くらいたちますけど、すごく友だちが多いんですよ」
稲垣さんが自転車で通り過ぎると「おーい」と手を振る近所の人がいて、銭湯に行けば常連のおばあさんと世間話をするそうです。
「今、私は自分で応援したい人を決めて、そこにお金と時間を使って自分の陣地を広げている感じです。自分で自分の国づくりをしている感覚があります」
身近な人と助け合い、地域に溶け込む生き方を実践する稲垣さん。でも、それってしがらみになりませんか?
「もちろん、いいことばっかりじゃないと思いますよ。頼られた時、余裕がないこともある。でもそんな時は、できる範囲でやっていく。それだけだと思います」
何かに依存していれば、しがらみになる。自分で選び取れば、つながりになる。原発事故の後、徹底的な節電を実行した稲垣さん。新著『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)では、冷蔵庫も洗濯機もない生活の楽しさを生き生きとつづっています。
極端に見える選択には、批判的な声も飛んでくるでしょう。それでも、生き方はもちろん髪形も変えない稲垣さんは「自立」の塊のように見えます。
最後に、稲垣さんは一つアドバイスをくれました。
「現代人の病って承認欲求ですよね。自分のことを認めてほしいから、他人の否定に走っちゃう。だったら他人を先に認めちゃうんです。『すごい!』って認めたら、つられて『あなたも、すごい!』って言ってくれますよ」
北風と太陽なら、太陽を選ぶ。なるほど、そこには自然と人が集まってきそうです。
「自分を認めてほしかったら、人を認めること。それって簡単なことじゃないかな」
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