話題
芸術の域に達した「ラブドール」 地下の画廊で美人画とコラボ
女性の身体を模した「ラブドール」と呼ばれる人形。かつては「ダッチワイフ」とも呼ばれていましたが、そのラブドールに「芸術性」を見いだし、「いずれ美術館に収蔵されてもおかしくない」と惚れこんでいるのが、「日本美術全集」の編集委員も務めた、美術史家の山下裕二・明治学院大教授です。そんな山下さんが、日本の美人画をラブドールで再現する企画を監修したと聞き、見に行ってみました。(朝日新聞文化くらし報道部記者、丸山ひかり)
東京・銀座のビルの地下2階にあるギャラリー「ヴァニラ画廊」では5月22日まで、ラブドールの製造・販売大手「オリエント工業」の製品を紹介する展覧会「人造乙女美術館」(会期中無休、入場料千円。18歳以下未満は入場不可)が開かれています。
中に進むと、様々な表情やポーズで撮影されたラブドールの写真がずらり。女性の目から見ても、アイドルやファッションモデルさんのように可愛らしく、わくわくします。さらに進むと、和服姿でこちらをちらりと見やる、「美人」とばっちり目が合いました。
妖艶さに、上品さも漂う見返り美人。こちらは山下さんのプロデュースで、麻布と日本の画材を用いる「現代の美人画」が人気の画家・池永康晟(やすなり)さんが描いた女性を、オリエント工業の職人さんがラブドールで再現したもの。
山下さんが選んだ「桜樹志乃」というモデルに、絵のイメージに近づくようアレンジを加えた力作です。
憂いを帯びたまなざしや、色っぽく額にかかる前髪。まとめ髪も忠実に表現されていて、池永さんの絵からすっと抜け出したよう。
一方で、タレントの壇蜜さんがそこにいるような、人間ぽさも感じられます。他にも、美人画を得意とした大正期の画家・橋口五葉(1881~1921)と橘小女(さゆめ)(1892~1970)の絵の女性を繊細に再現したドールも見られます。
別の部屋には、訪れた人が触ってみることができるラブドールが1体展示されています。画廊のスタッフが見守る中、手を消毒してから触らせてもらいました。
皮膚はシリコン製で、吸い付くようです。指の関節には自然なしわが寄せられ、「骨」のような感触も……。目の前にいるのはただの人形ではないように感じ、何だか恐れ多いような、恥ずかしいような気持ちになりました。
山下さんは、明治時代の頃に見世物のため人間そっくりに作られた「生人形(いきにんぎょう)」が近年、美術品として再評価されていることを挙げ、「ラブドールは『現代の生人形である』と僕は思っています。将来的に、美術館に収蔵されても何も不思議じゃないと思いますよ」と言います。
「工場見学をしましたが、素晴らしい人形を送り出したいという職人の熱意にあふれていました」といい、作品として自分の名前を残そうという狙いがない点が、暮らしの中で人が使うための道具に美を見いだす「民芸」の世界と共通するとも評します。
同画廊のラブドールの展覧会は、今回で5回目。毎回、女性客が多く訪れているそうです。
近年ラブドールは、杉本博司さんやアメリカのローリー・シモンズさんなど現代美術家が作品に用いる例がありますが、スタッフの大沼瞳さんは「ドールそのもののかわいらしさと、アートとしての価値をお伝えしたい」と言います。
「ラブドールは1点ものではなく、量産品。皆に愛される顔やプロポーションが研究され、使い手への気遣いが技術力に直結している点もすばらしいと思います。視覚も触覚も満足できて、人に幸せをあげられる存在。実際に、展覧会でドールに触った人はみんな口元がゆるみ、幸せそうに見えます」。
オリエント工業がラブドールの製造を始めたのは1977年。展覧会には、82年につくられたドールや、これまで同社が手がけてきたモデルをまとめた年表も展示されています。
ドールの体部分の造形を担当している大澤瑞紀さんに、工場を案内してもらいました。
首から下の身体は、骨組を入れた型にシリコンを充てんし、電気炉で熱してつくっているそうです。顔は女性スタッフが、ひとつひとつ丁寧にメイクをして、仕上げていました。
大澤さんは芸術系の大学で彫刻を専攻したといい、「高校生の頃、自分で作った陶器を実際に使ってみて、魅力を感じたのが自分の原点のひとつ。お客様に楽しんでもらうための製品で、アート作品ではありませんが、芸術性を評価してもらえるのはうれしいです」と話していました。
1/11枚