感動
水泳・萩野の背中に生えた「羽」 奇跡の1枚はこうして生まれた
一瞬一瞬に全てをかけるスポーツの世界。それは、ファインダー越しに競技を追うカメラマンにとっても同じです。4月4~10日に開かれた競泳の日本選手権で、朝日新聞東京本社・映像報道部の西畑志朗カメラマン(36)は、およそ2万3千枚を撮影しました。2000分の1秒を切り取った数々の写真には、アートとも言える選手たちの姿が写っていました。
この大会で3冠を達成し、4種目でリオ五輪代表をつかんだ萩野公介選手。この写真は、男子200メートル個人メドレー決勝での泳ぎを捉えた一コマです。背中には……羽!?
水しぶきの流線美は、まさしくバタフライ。「実は、この羽のような水しぶきは、スタートの飛び込み直後かターンの直後、最初に浮き上がるときにしか見られないんです。水の流れが影響しているのか、詳しいことはわかりませんが……」と、西畑カメラマンは言います。
個人メドレーはバタフライから始まります。200メートルでは、ターンごとに泳法を変えるので、“羽”を撮るチャンスは一度きり。とても貴重な写真なのです。
ところが、西畑カメラマンはこの写真を本社に送稿しませんでした。
新聞社のカメラマンにとって、ナイターは時間との勝負。西畑カメラマンはこのレースで、選手入場から表彰式までの約10分間に、およそ800枚を撮影しました。その中から、次のレースが始まるまでの限られた時間で、しかも朝刊の締め切り時刻に追われながら、最適のカットを選び、送稿しなくてはなりません。
「たとえばバタフライなら、腕が指先までピーンと伸びていて、選手の顔があごぐらいまで見えているものがスポーツ写真の王道です。萩野選手の写真は、本来ならタイミングがもう少し後の方がいいんです」。実際、翌日の朝刊(東京本社発行の一部紙面)に載ったのは、その言葉通りの別のカットでした。
“羽”に気づいたのは締め切り後。取材を終えて、会社に戻った後だったそうです。
西畑カメラマンが競泳を担当するようになったのは、2015年の春から。リオ五輪の担当に決まったことがきっかけでした。
写り込む水しぶきの面白さに気付いたのも、その頃だったと言います。「水面がウルトラマンのように見える自由形の写真は、実は去年の日本選手権でも撮れていて。こうした水の動きは、選手によって微妙に違います。今回も面白いものがあれば撮りたいなあと、狙ってはいました」
今回の日本選手権、朝日新聞社のカメラマンは連日、西畑カメラマンを含む2、3人が撮影にあたりました。レースは一度きり。もちろん撮り逃しは許されません。カメラマンたちは別々の位置にスタンバイし、いろんな角度からレースを追います。
一人は泳ぎを横から見るプールサイドに陣取り、水面とほぼ同じ高さにカメラを構えます。もう一人は、反対側の観客席の最前列に設けられたカメラマン席から。自由形は横を向いて息継ぎするため、この2カ所からの撮影がモノを言うそうです。
そして別のカメラマンは、飛び込み台を正面から見られる側へ。平泳ぎやバタフライでは、腕を広げて息継ぎする選手の顔を前から捉えることができます。
「水泳は水しぶきがあるので、特に撮りづらい競技です。ピントが水しぶきに合ってしまうことも多いですし、隣のレーンの人のバタ足の水しぶきが邪魔になることもあります。選手の顔も、レースの半分は水中に沈んでいますが、そうすると写真にはなりませんから」
中でもカメラマン泣かせなのは、50メートル自由形。「どのレースでも、勝ちそうな選手何人かに狙いを絞って撮影することが多いですが、50メートルの自由形はほとんど息継ぎをしないですし、水しぶきが激しすぎて何も見えません。泳いでいるところはまず撮れないので、飛び込みやゴール直後のリアクションを狙うようにしています」
スポーツのような素早い動きをピタッと撮影するためには、速いシャッタースピードに設定する必要があります。競泳では、「シャッタースピードが遅いと、水の形が出ません。滝のようにビャーッと流れてしまうんです」と西畑カメラマン。そのため、1600分の1秒~2000分の1秒に設定して、飛び散るしずくまでも表現します。野球の撮影でさえ1000分の1秒――と言えば、その速さが伝わるでしょうか。
アートな水しぶきが撮れたのは決して偶然ではなく、入念な場所選び、シャッターを切るタイミング、水しぶきを加味したカメラの設定など、プロの仕事があればこそ。とはいえ、西畑カメラマンは「カメラのお陰という面もあります」と、愛機への感謝を忘れません。
そういえば社内で、「野球選手のスイングの速さや、ピッチャーのフォームの崩れを誰よりも感じられるのは、スポーツカメラマン」。そんな話を聞いたことがあります。
競泳では、どうなんでしょうか。「泳ぎがうまい人は、ムダな力が入っていないからか、余計な水しぶきが出ないので撮りやすいです。入江陵介選手は一番撮りやすいですね。背泳ぎは水面に顔が近く、水しぶきの影響を受けやすい種目ですが、入江選手はピントが合わせやすいんです。萩野選手はスーッと進んでいくような感じで、北島康介さんも奇麗です。北島さんはゴール後のリアクションも大きい選手だったので、撮りやすかったですね」
西畑カメラマンは今夏のリオ五輪でも、競泳の撮影を担当するそうです。メダルラッシュが期待される競技だからこそ、プレッシャーも大きいはず。ところが、西畑カメラマンは「スポーツ写真は取り返しのつかないところ、一瞬で決まるところが面白いんです。選手の一番かっこいい瞬間を撮りたいと思っています」と話します。
みなさん。リオ五輪での「奇跡の1枚」にも期待してくださいね。
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4月の競泳日本選手権で、7日間の会期中に撮った写真は約2万3千枚。デジタルカメラのイメージセンサーは高感度化が進み、室内スポーツでも高速シャッターが切れる。この写真はISO5000でシャッタースピード1600分の1。西畑カメラマンのツイッターアカウントは「@NSHT_46」。
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