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話題の絵本「もうぬげない」 作者を直撃、葛藤を笑い飛ばす方法とは
10月上旬の発売直後から、ネットを中心に話題になっている絵本があります。タイトルは「もうぬげない」
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10月上旬の発売直後から、ネットを中心に話題になっている絵本があります。タイトルは「もうぬげない」
10月上旬の発売直後から、ネットを中心に話題になっている絵本があります。タイトルは「もう ぬげない」。上着が脱げなくなった子どもがジタバタした後、「ぬげないんだったら、ぬがなきゃいいんだ!」と開き直るストーリーです。ツイッターなどで「シュールで笑える」「葛藤を抱える大人にも笑いをくれる」と人気になり、増刷が追いつかず売り切れが続出しています。作者のヨシタケシンスケさん(42)は、どんな思いでこの作品を描いたのか? 神奈川県にある自宅兼アトリエで話を聞きました。
ヨシタケさんは1973年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了後、大手企業に就職し、ゲームセンターに設置する機械の企画開発をする部署に配属されました。
そこで求められたのは、人を楽しませるためのアイデア。ところが、ヨシタケさんが考えている「楽しませる」というイメージとは少し異なっていました。「人を興奮させる、もう一回やりたいと思わせるギャンブル性が求められるんです。僕がやりたかったのは、興奮させるんじゃなくて、ニヤッとか、じんわりとか、そんな笑いだったんです」
半年ほどで退社し、広告用の造形美術の制作、新聞記事用のイラストなどを描きながら、2013年に「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)で絵本作家としてデビュー。この作品で第6回MOE絵本屋さん大賞第1位、第61回産経児童出版文化賞美術賞などを受賞しました。
テーブルの上のりんごを見た子どもが「これはりんごじゃないのかもしれない」と想像をふくらませたり、自分のニセモノをつくるために自分がどういう人間なのかを考え始めたり。ヨシタケさんの作品は、登場人物が外の世界と交わって刺激を受けるのではなく、自分の頭の中をどんどん掘り下げたり、イメージをふくらませたりするのが特徴です。
そんなヨシタケさんの最新作が「もう ぬげない」。上着がひっかかって脱げなくなり、このまま脱げなかったらどうしよう、このまま大人になるのかな、といった不安な気持ちが、「ぬげないんだったら、ぬがなきゃいいんだ!」と変化し、仲間を見つけに行こうと思ったものの、やっぱりおなかが寒くなって……という物語です。
この物語に込めた思いとは? ヨシタケさんに聞きました。
――今回の絵本のアイデア、どうやって生まれたんですか
「スタバにいたとき、子連れのお母さんが子どもをだっこしながらコーヒーを飲んでいたんです。ゆっくりしたいお母さんと、早く違うところに行きたい子ども。そのうち、子どもがお母さんの腕からスルスルと体をくねらせて、服がめくれながらも逃げようとしたんです。それを見て『脱げなくなったらどうなるんだろう』と思ったのがきっかけです」
――テーマは決まっていなかったんですか
「今回は出版社の方からも、特にお題はありませんでした。まず、服が脱げなくてゴロンとしたビジュアルを思いついたので、それを見て楽しんでもらおうと思っていたんです。メッセージ的なものは当初はありませんでした。後付けです」
――どんなメッセージですか
「『脱げなくたっていいじゃない』という部分です。脱げないなら『どうやって脱ぐか』ということが普通はゴールになるはずですが、そこで『脱がない』という選択肢を提示したかったんです。そういうことってあるじゃないですか。『この中からやりたいことを選べ』と言われても、そこに本来やりたいことがないこととか」
――上着が脱げなくなった後、ズボンを脱ごうとして、なんとも言えない姿になる場面があります。そこが「シュールで面白い」と話題になっています
「一番描きたかったのは、あの絵なんです。その場面で『もうおしまいだ』と子どもに言わせたかったんです。普段から『あきらめちゃダメだ』って子どもたちは言われてるじゃないですか。でも、あきらめていいときもあると思うんです。大人だってあきらめることはあります。子どもは薄々感じているはずです。『大人っていいかげんだな。自分だってそうなのに、子どもに言うなんて』って。そういうことって、ちゃんと子どもに伝えなきゃいけないと思うんです。大事なのは伝え方。言い方ひとつなんです」
――ネットで話題になっていることについて、どう思いますか
「僕が思ういい絵本って、本のなかに『すきま』があるものだと思っています。そのすきまに、読んだ人の経験がスポッと入ると、面白かったり、自分のこととして考えたりできるんです。そういう意味では、そこにハマってくれた人がいたことがうれしいし、こんな僕が絵本を描いていてもいいんだなと思うことができました」
――ヨシタケさんの絵本に登場する大人は、子どもの言うことを否定しません。2児の父として実践していることなんですか
「まったく、そんなことありません。頭ごなしに怒ってます。絵本で罪滅ぼしをしています。子育ては『大変だ』が8割。『いいもんだな』と毎日思うなんて無理です」
――ある意味、ご自身の子育てが絵本に反映されているんですね
「子どもを観察していると、いろんなことに気づきます。僕自身の過去に関しても気づかされたことがありました。僕は父とあまり仲が良くないと思っていました。でも、息子が生まれて一緒に遊んでいると、小さいころは父親のことが大好きだったということを思い出したんです」
――これから、どんな作品を描いていきますか
「絵本って『こうじゃなきゃいけない』というのはなくて、僕の場合は『こういうものが好きだ』ということが表現になっています。小さいころの『僕にはなにもできない』と思っていた自分を喜ばそうと描いている面もあります。『自分の好きなことをやっている』ということを口実に、受けなかったときのリスク回避をしているので、次あたりバレちゃって受けなかったらどうしようかと心配です」
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